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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
約束の地に行く方法
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その場所の真実

 優元の駆るBMWは町からどんどん離れてゆき、今や山の中である。カーブが連続する道路を迷うことなく走っている。国道ではまだクルマも多く対向車ともすれ違うが、これが県道から町道になると通行量が激減し、尾行しているのがバレてしまいそうで、三条は少し心配だった。

 出発から三時間あまりが過ぎていた。時計は正午を回り、その間、一度も休憩しない。コンビニに立ち寄ることさえなかった。まっすぐに目的地に向かっているようである。

 紅葉にはまだ早いこの時期だが、秋晴れの絶好の行楽日和。遠出のドライブにはちょうどよい日だ。三条も、これが仕事でなければ最高だと思う。

 隣の県との県境を横切ったが、そこの県庁所在地へはまたまだ遠い。内陸の山に囲まれた地域は黄金色に実った水田が広がっており、明日にも収穫をひかえているといった光景。目を凝らせば無数のトンボが飛び回っている。地元の神社がとりおこなう秋祭りを知らせる幟が、道のガードレールに等間隔で取り付けられて、次々と窓外を通り過ぎていった。

 カーナビの表示に、「山田」の文字が現れていた。

 三条のカンは当たったようだ。──優元は土地の場所を知っている。優元の態度からそう予想し、こうして尾行しているのだが、どうやら「知っている」だけではないようだ。その土地は単に存在しているだけではなく、なにかほかに意味があるのだ。その意味がなにかまでは想像が及ばないが、こうしてあわてて現地にやってきたことから、大きな秘密があるらしい。

 背後に山を背負ように建てられた古びた木造校舎へ続く道へとBMWが入っていく。小学校だろうか。

 三条はそこへ左折する手前でいったん停止し、奥へと進んでいく優元のクルマを見つめる。

 こんなところに、なんの用が? ここが問題の土地だと言うの?

 不審に思いながらも、三条はしずしずとクルマを進める。すぐに校門に至った。

 優元のBMWが停められていた。運転していた本人はすでにクルマを降りて校内に入ったようだ。正門は閉じられ、巻き付けられた鎖に南京錠がかけられていたが、横の通用口は開いていた。

 三条はクルマを停めて降りる。秋の心地良い風が髪を揺らした。雲間からの日差しが熱く感じる午後一時である。

 通用門からのぞくと、そこは運動場で奥に平屋建ての木造校舎が見える。三百人も収容するのがせいぜいだろう。しかし正門の施錠の仕方や、運動場の端に生えっぱなしの丈高い雑草を見るにつけ、どうやらすでに廃校となっているらしい。

 その運動場を、一人の中年男が歩いている。作務衣姿の窓村優元。

 優元は校舎に向かって歩いていたかと思えば、いきなり立ち止まって向きを変え、数歩進んだかと思うとまた方向を変えて進む。その所作になんの意味があるのかと訝っていると、次の瞬間、三条は我が目を疑った。

 優元が魔法のように消滅したのだ。

 三条は目を見張り、運動場に飛び出した。が、いくら目を凝らしても、周囲を見回してみても、優元の姿はどこにもなかった。

 そんなバカな……!

 三条はキツネにつままれたかのようにその場に立ち尽くす。

 いったいなにが起きたのだろうかと、必死に考えた。尾行がバレていて、まかれた──いや、そんなのじゃない。ということは……。なにかカラクリがあるはずだ。でもそれは──。

 三条は優元の消えた場所へと歩きながら、消えるまでの行動を振り返ってみた。

 たしか、この辺りで急に歩く方向を変えていたけれど……。

「あっ……」

 三条はスマートフォンを取り出す。操作して表示させたのは遺言書である。その最後の文言。暗号のような意味不明の一行は「東13、南6、北西8」……。これはもしや優元が歩いていた方向と距離に相当するのではないかと思ったのである。

 どこが起点かはわからない。とりあえず、通用口からスタートしようと移動した。

 東へ13──。

 これは歩数だろうか。それともメートル……。

 歩数だとしても個人ひとによって歩幅は違うからだれもが一定の距離にはならない。かといってメートルとなればメジャーで測る必要があるだろうし、優元はいちいち計測なんかしていなかった。

 とりあえず、歩数でやってみることに。

 13歩東──校舎に向かって歩いた。きっちり13歩で立ち止まり、南に方向転換し、6歩。次に北西の方向に8歩……。

 8歩目を踏み出した途端、周囲の景色が一変した。



「なに、ここ……?」

 木造の校舎はどこにもなく、地平線までうねるような大地が広がっていた。ところどころに木立が見えるが、距離感がなくてどれぐらい遠くにあるのかわからない。

 空は青かったが、スカイブルーではなくネイビーブルー。やや暗い。太陽はどこに行ったのかと空を見上げるが、それらしい光源は見当たらなかった。雲に隠れているわけでもない。秋のイワシ雲どころか一朶の雲さえないのだ。

 三条は当惑した。なにが起こっているのかまったくわからない。想定外であった。

 大きな岩が点在している。その手前に一匹の犬がいた……。

 その犬が、立ちすくむ三条に駆け寄ってきた。近くに飼い主らしき人間もいないし、犬はリードもつけられていない。本能的に恐怖を感じた三条は身構える。

 犬は真っ黒で、ドーベルマンに似ていたがフォルムが少し違う。しかし飛びかかられたらその勢いを殺せないだろう。といって身をかわす自信はなかった。

 と思っていたら、犬はぶつかる直前で立ち止まる。そして──。

「どうしてあんたが……!」

 絶句した。犬も三条も。犬は三条がここにいることが信じられないようで、三条は犬が口をきいたことで。

「くそ……なんてこった……」

 犬のその声に聞き覚えがあった。

「優元さん……?」

 犬に変わってしまった? じゃあ、わたしも? と、体を確認するが、人間のままでホッとする。

「ここはいったい、どこなんです?」

「ここは──」

 言いかけて、犬の姿の優元はいいよどむ。

「説明してもわからないだろう」

「わからないからって……。優元さん、ここはこの世なんですか?」

「まぁ、ひとことで言えば、異世界ですよ。そして、私は異世界人、ということになりますかな。しかし探偵に尾行つけられていたとは……しくじったよ。しかもこの世界に入ってくるなんて」

「この世界では犬だったんですね」

 自分でもなんて間抜けなセリフだと思ってしまう。

「そういうふうに見えるだろうね」

「ここでなにをなさってるんですか?」

「防衛だよ。しかしあんたに露見してしまった以上、もう意味はないな」

「わたしはだれにも話しませんよ」

「そうでしょうけど、先野さんでしたっけ、あの探偵が見つけてしまう。すると、ミヤコが嗅ぎつけてくる可能性がある。あいつがここへ侵入するのを防がなくてはならない」

「どうも切迫した事情があるようですね……。わかりました。その邪魔はいたしません。ただ、教えてほしいことがあるんです」

「それは探偵としての調査かな?」

「いえ、個人的な興味です。優元さんが異世界人だとすると、窓村良松さんの実の子ではないんですか?」

「ぼくの話を理解し、信じてもらえると?」

「ここに至ってなお疑って信じないなんて、ありえないでしょう?」

「さてね。世の中、そんな物分かりのいい人間ばかりじゃないからね。いかにも、ぼくは父の実の子ではないです。なんせ、犬ですからね」

「どうして窓村さんの三男になりえたんですか?」

 わからないことだらけで、正直、どこから質問してよいか迷ってしまう三条だった。

「五十年ほど前、ぼくはこの世界から弾き出されてしまったんです。運よく窓村良松のペットになれて、ぼくはたいそう可愛がられましたが、その後、いつかこの世界へ帰るために人間の赤ん坊の姿になって、窓村家の子供にしてもらった。以来、人間のままだったんですが、父が亡くなってやっとこの世界に帰る方法がわかったんです、あの遺言書でね。ぼくが父の事業に関わらないで画家になって、父は面白くはなかったろうけど、最後には帰るのを許してくれたようです。でも、同時にミヤコの脅威が現実のものになって、またぼくはこの世界から弾き飛ばされてしまう。今度は締め出されるだけではすまないでしょう」

「ミヤコって、あの女の子のことね……」

「そう。彼女はこの世界を狙っています。この世界でネコの姿でずっといられると、エネルギーが足りなくなってぼくらが生存できなくなる。それは困るんです」

「ネコ……」

 三条は思い出した。数日前に探し出した迷いネコ。

 ミヤコが異世界への入り口である場所を知るために先野に近づいた……。まだ土地の調査をする前であったのに、もしそうだとするなら、恐るべき直感──というより、それはもうレベルの違う能力だ。

「だから急いで対策をしなくてはならないんです。先野さんがここを見つけてしまう前に」

「でも、異世界に入る方法まではわからないですよね?」

「ミヤコはカンが鋭いから、わかってしまう。というか、すでに知っている可能性もある」

「…………」

 ミヤコならありそうな気がした。

 三条は、先野がミヤコを連れていっしょに各地の役場を訪ね回っていることを知らない。そしてついに突き止めて、こちらに向かっていることも。

「ともかく、あんたもいつまでもこんなところにいるわけにもいかんでしょう。すぐに元の世界へ戻りましょう」

 そう言って、優元は三条の手をとる。

「さあ、こちらへ歩いてください」


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