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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
約束の地に行く方法
61/231

優元さんが来て

「どうもお待たせしました、先野です」

 三番の面談コーナーをのぞくと、そこにいたのは紺の作務衣が似合う窓村家三男、優元ゆうげんであった。面談コーナーの入口が見えるイスにすわって笑顔を向けてきた。画家という職業からか、二人の兄のように取って食われそうなギスギスした感じは受けない。

「これはこれは、優元さん」

 テーブルをはさんだ正面のイスにつき、先野は帽子をとって頭を下げる。

「まだ調査の途中でして、土地の所在地の発見には至っておりませんで……」

 とりあえず進捗状況を説明しようとし、ハテ、なんの用だろうかとあれこれ想像する。

「いえ、説明はいいです。実は今日ここに来たのは──」

 優元は、ほんの一瞬、強調するかのように間をおき、

「調査を中止してもらえないかと思いまして」

「はい?」

 虚を突かれた。間の抜けた表情をしていたかもしれなかった。が、すぐに落ち着きを取り戻す。

「調査中止でございますか……」

 実はたまにある。頼んでおきながら、その間、思いを巡らせまくった末、どこかに着地点を見いだして調査中止を言い出す客は過去に何人かいた。もちろん、実費はかかっているからキャンセルしたからといって無料ただにするわけにはいかない。そのことも前もって説明してある。

 そうです、と優元は力強く首肯する。

「存在しない土地を捜しても無駄ですから」

「存在しない……? それはどういうことでしょう? 遺言書はデタラメだというんですか?」

「私にだけ遺産がないと格好がつかないので、あんなことを書いたにすぎないんです」

「しかし、お兄様はお二人ともそうは思ってはいない様子でしたが?」

「兄は知らないだけなのです。調査は中止して、土地はどこにもなかった、と兄と母に言ってくれませんか?」

「今回の調査案件はお兄様の竜栄りゅうえい様より依頼されております。従いまして竜栄様から直接申し出がない限り、中止はできかねます」

「ぼくは弟ですよ」

「社内規定でございます。たとえ身内でも依頼の中断はできません。夫の浮気を調査している探偵に『おれは依頼者の亭主なんだから調査を中止しろと』と言われても、そうはいかんでしょう」

「…………」

 先野の理論的な対応に、優元は鼻白んだ。

「たしかにおっしゃる通り、この土地は実在しないかもしれません。だとしても、なにも調査を中止しなくてもいいでしょうに」

「う……」

 優元はのどの奥で声をつまらす。なにか言いたそうな、しかし言ってはいけない事情があるかのように──。二人の兄が遺産相続でいつまでも揉めているところなど見たくないという、そんなうわべのつまらない理由ではない気がした。だが先野はあえてそこへは踏み込まない。当人がしゃべらないのなら、そこはスルーする。代わりに、

「調査費用のご心配をされているのかもしれませんが……お兄様なら、それを気にされてはいませんでしょう」

 なにしろ資産家だ。なんの問題もない。

「せっかくお越しいただきましたが、どうぞお気をつけてお帰りください」

「そうですか……わかりました」

 ここでねばっても無駄と悟ったようで、優元はあきらめて席を立つ。

「ひとつ確認しておきたいのですが──」

 帰ろうとするところを呼び止めた。

「どうして土地が存在しないなんて知ってらっしゃるんですか?」

「それは……遺言書がいい加減でしょ? わざわざあんなふうに書かないですよね」

「だから存在しないと?」

 はい、と優元はうなずき、

「では、失礼します」

 一礼すると、面談ブースを出て行った。

 どこかその態度に、まだすべてを語っていないような気がしたが、先野は事務所に戻った。

「ああ、いいところに来たわ、先野さん」

 香水の香も強く声をかけてきたのは、興信所所属探偵の仕事の調整をする役目を担っているマネージャだった。長身の男だが、オネエ言葉である。

「なんだい? 新しい仕事かい? あいにくおれはいま難しい案件を抱えていて──」

「だから助っ人をつけます」

「うっ……」

 先野一人では荷が重いと判断されてしまったのだろう。

「明日から三条さんがサブに付きますので、二人で仲良く案件に取り組んでね」

 ウインクするマネージャ。

「三条さんがね……」

 先野は人差し指の先で頬をかいた。



 翌朝、先野の案件のサブに三条愛美がデスクにやって来た。

 まだ成果が出せていないため、会社がテコ入れしてくれる、というのはよくあることだった。しかも三条とはこれまで何度もペアで仕事をしてきた。有能であるし、会社の判断は間違ってはいない。

「二人がかりで調査すれば早く終わりますしね」

 がんばりましょう、と明るく言う三条に、そうだな、と先野はこれまでの経緯を説明した。

「でもそれだと、下手をすると、九州や東北まで調べないといけなくなりますよ。電話で問い合わせるわけにはいきませんか?」

「ううむ、そうだよなぁ……」

 電話では通り一遍の回答しか得られない。直接対面することで思わぬ情報がもたらされることがあるかもしれないので、先野は役場に行くことにこだわっていた。それを言うと、

「しかしそうも言ってられませんでしょう?」

 三条の意見は正論だった。たしかにこのやり方では時間がかかるし、遠方だと費用もかかる。それはわかっていた。

「だが、おれはなにかこの土地が普通の場所じゃなくて、なにかいわれがあるような気がするんだ」

 昨日、わざわざ調査を中止するよう三男が言ってきた。その裏にはなにかある。なにかが──。

「というと……?」

「一代で大企業を作り上げた窓村良松氏がよ、遺言書にあんないい加減なことを書くだろうか? 文末の暗号みたいなのも気になる。あれがなにか、まださっぱりわからないんだ」

「三男の優元さんは、遺言書にある土地の存在を否定してたんですよね?」

「下手に相続すると、二人の兄の跡目争いに巻き込まれそうだと思ったんだろう」

 一応、長男の竜栄が跡をついでいるが、次男剛覇がその座を狙っているのは彼の態度から察せられた。こういうことも直接会ってこそ知り得たのだ。

「優元さんはそこを懸念してのことだと思うがね……」

「身内の争いはよくありますものね」

 三条は同調する。

 先野は、自作の山田村一覧表を提示する。マーカーでチェックを入れたところを指で指し示し、

「おれは今日、ここを回ってみるつもりだ」

「わかりました。わたしは……一度、優元さんに会ってみようと思います」

 ほう……と先野は顎を引く。

「アプローチを変えてみるのもいいかもしれんな……。わかった、そっちはそっちで自分なりのやり方で調査してくれ。なんかわかったら知らせてくれ。じゃ、おれは先に行く」

 先野はデスクを離れる。今日の予定をこなしていくには、さっさと出発しなければならない。



 社用車に乗るため駐車場に来た。今日は日産マーチだ。興信所では複数のメーカー・車種のクルマを所有していた。同じクルマで何日も尾行や張り込みをしていたら怪しまれてしまうからだ。軽自動車からミニバンまで多種多様な車種は、調査活動状況に応じて様々なシーンを想定しての設備である。

 今日の先野の場合はなんでもよかったから、とくに考えもなく選んだのがたまたまマーチであった。

 6番の駐車スペースにやってきて、ドアに手をかけようとしたとき、

「先野さん!」

 いきなり背後から声をかけられ、両肩をつかまれた。

「!……」

 さすがに驚く。振り返ると、今日もワンピースのミヤコがニコニコして立っていた。駐車場にはだれもいなかった。駆け寄ってきた足音もせず、気配も感じられなかった。まるで忍者のようである。

「ねぇねぇ、今日こそ連れてってよ」

 先野は深いため息をつく。

「きみねぇ……探偵になるつもりなのかい?」

「連れてってくれるの?」

 ミヤコは目を輝かせる。胸の前で両手の指を組みあわせて。

 先野はゴフンと咳払い。

「テレビドラマや小説と違って、本物の探偵の仕事は地味なんだぞ」

「それでもいいの」

「しょうがない娘だ」

「やたーっ」

 渋面をつくる先野がドアを開けて運転席に乗り込むと、ミヤコは当然のように助手席に収まった。めんどくさいことになったな、と思いつつクルマを出す。

「しゅっぱーつ!」

 一方、先野の気持ちなど少しも気にしないミヤコだった。

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