紹介センターに赴く
CCZパートナー紹介センターは、都会の大通りから奥の露地に入ったつきあたりの古い雑居ビル(駅から徒歩十五分ほど)の一室にあった。ほかのフロアの部屋は会社だったり針灸院だったり消費者金融だったりで、雑然としていた。
踏み外して滑り落ちたら怪我をしそうなほどの細い急階段を上った三階のフロア。スチール製のドアの前に立つと、「CCZパートナー紹介センター」のプラスチック製表札と「ご自由にお入りください」と手書きされた紙が貼ってある。
「ここか……」
先野光介はためらうことなくノブを回し、中へと足を踏み入れた。ピポンと、チャイムが鳴った。
いくつかイスがおいてあるパーテーションで区切られたカウンターが目に入った。観葉植物の鉢植えが隅っこにおかれ、清潔な印象がある。奥には部屋があるが、ひざもとまである暖簾の下がった入り口からは内部が見通せない。
エアコンがよく効いていて、暖かかった。
カウンターの向こうのドアが開いてスーツ姿の若い男性が現れた。
「いらっしゃいませ」
お辞儀をした。
「あの……電話で問い合わせしました佐藤ですが……」
と、先野は告げた。
「はい、おうかがいしております。こちらへどうぞ」
にこやかに対応する男性職員。
コートを脱ぎ、うながされるまま円イスにこしかける。
センターの職員は、まずこちらの用紙にご記入ください、と一枚の紙をカウンター上に置いた。氏名やら住所やら連絡先やらの個人情報を書く欄がぎっしりだった。身元を特定できる身分証明書の提示も求められた。
「ちょっと待ってください」
先野は、ペンをどうぞ、と急がせる職員をさえぎった。
「入会する前に、まずはいろいろ質問したいんですが」
「もちろん、よろしいですとも」
先野は、自分が興信所の者だということを隠して、さも入会を考えている客のフリをした。センターのシステムについて質問した。
「それで……実際にカップルができているんですか?」
「はい、他社さんと違いまして、百パーセントです。それがわたくしどものシステムの優れたところです」
職員は胸を張った。百パーセントということは、入会すれば必ず恋人ができる、と謳ってるわけで、だがいくらなんでもそれは盛りすぎだろうと先野は思う。
「で、すべて結婚にまで至っていると?」
「残念ながら、そこは百パーセントの保証はできません。別れてしまうカップルも、少なからずいらっしゃいます」
「気に入らなかったりするのかな」
「人間同士のことですから、納得のいかない部分もあるかとは思います。大恋愛の末に結婚したにもかかわらず離婚される方が大勢いらっしゃいますし……」
「たしかにね……」
先野は上体を少し引いて腕組みした。
「実際にこちらを利用して、うまくいっている人から意見を聞いてみたいんだが……」
「申し訳ございません。個人情報は公開できませんので」
「話を聞くぐらいだったら、いいんじゃないの? 付き合ってみてどうだったか聞けたら参考になる」
「すみません。それはできないんです」
「そうかい……」
ま、それはそうだろうな、と先野は思い、それ以上はねばらなかった。
「ご入会、いかがいたしますか? 申し込みなされると、あちらの部屋で条件等のより詳しいお話をお伺いしますが」
職員の言うほうを見ると、紺色の暖簾がさがっており、その向こうにも部屋があるらしい。なるほど、たしかにカウンターでは込み入った話はしにくそうだ。他にも客が入ってくるかもしれないわけだし。
先野は暖簾の向こうをじっと見つめた。
「その対応もあなたがするんですか?」
「はい。主にわたくしが」
「そうか……」
「いまご入会されれば、一週間以内に必ずどなたかの紹介を受けられますよ」
「そんなに早く?」
「はい。マッチングアプリの出会いとは違う、お客様に満足いただけるサービスを提供しております」
自信を持って答える職員。先野はその目を見る。嘘ではないのだろう。だが、いくらなんでも一週間以内なんて、そんなことができるものなのだろうか。
「…………」
先野は数瞬押し黙り、そして、
「ちょっと考えさせてくれ。支払いのこともあるしな」
立ち上がった。
「そうですか。でも、いつでもいらしてください」
「そうする」
コートをひっかけ、先野は退出した。