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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
恋人は夜にいきる男
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つきとめられない行動

 まかれてしまった……。

 先野は信じられなかった。

 まかれた、というのは実は正しくはない。ターゲットの足についていけなかったのだ。

 パロッティーニ裕也は、なんと、驚くべきことに延々と歩き続けた。どこまで歩くのかと追っていったが、ついに先野の体力が尽きてしまった。路上にすわりこんでしまった先野の視界から遠ざかっていくターゲット。しかし先野にもう尾行する力はなく、途方に暮れるしかなかった。38歳という年齢を計算にいれても、まさかこんなことになるとは予想外だった。歩き出してから4時間半、夜が明けようとしていた。

 こんなにも歩く体力もさることながら、いったいどこへ行くつもりなのか──。

 先野は、バッテリーの切れかけたスマホでかろうじて近くにあるコンビニの位置を調べ、這うようにして辿りつくと、店内の一画のカウンターだけの小さなイートイン・コーナーで体力を回復させることにした。

 といっても、もはやわずかでも睡眠をとらなければ仕事にならない状態だった。時間帯が悪く弁当は品切れで、仕方なく買ったパンを食べ終えたあと、先野は机に突っ伏して眠ってしまった。



「お客様、あのう、お客様」

 店員の声で目がさめた。身をおこし、反射的に周りを見回し、馴染みのない場所にいることに気づく。

 ここはどこだ?

 そう思ってから、やっと明け方のことを思い出した。

 いま、何時だ?

 目がかすんで腕時計の針がぼやけている。しばし見つめて焦点が合うと、先野は舌打ちする。14時を過ぎていた。

「すまん、長居してしまった」

 どことなくホッとした表情のコンビニの若い男性店員に謝ると、コンセントに差し込んでいたスマホをとって席を立つ。きっと何度も声をかけてくれていたのだろうが、あまりの疲れで熟睡してしまっていた。コンビニには迷惑をかけてしまった。

 スマホの充電は完了していた。

 その後、状況がどうなったのか、原田と三条に確認しなければならなかった。コンビニの外に出て、太陽のまぶしさに目を細めた。

 メールが入っていた。

 原田は事務所にいた。先野からの指示がないものだから動けないとのこと。別の探偵の書類整理にかり出されていた。

 一方の三条は、朝になってホテルから出てきた女を尾行し、自宅を突き止めていた。タワーマンションに住んでいた。女の調査を続行するかどうかを尋ねていた。

 どうも手がかりがつかめない。

「仕方ない」

 先野は独りごちる。今夜も自宅を張り込むことにした。

 だがその夜も、また次の日の夜も、ターゲットは同じ行動を繰り返したのであった。



「冴えない顔ですね……」

 事務所の机に頬杖をついて、ぼんやりと視点の定まらない先野に、三条が通りすがりに声をかける。

「今回はさすがに疲れたよ」

 机の上には調査した資料が広げられていた。パソコンの画面には撮影した動画が再生されている。

 4日間、ターゲットは昼間は自宅にこもり、夜は街に繰り出して女と遭っていた。しかも毎夜、違う女──それもみんな初対面らしい。解せないことに、どの女も置き去りにして帰ってしまう。なにが気に入らないのかも不明だ。

 昨日も、全国展開する居酒屋に連れ込んだ女が置き去りにされた。パーティションで仕切られたテーブルについた二人から少し離れた席から様子をうかがっていた先野が、席をはずしたままパロッティーニが戻ってこないのを不審に思って女に声をかけたら、その女は意識が混沌としており、問いかけると、なにも覚えていなかった。自分がなぜここにいるのか、さっきまでいっしょにいたパロッティーニのことも、ぜんぜん記憶にないというのだ。

 特定の浮気相手はいないようだが、以上のことはなにを意味しているのか──先野は理論的整理がつかずにいた。

「クスリでももられたんだと思うが、その目的がいまいちわからん……相手おんなによって行く場所を選ぶほど気を使っているのにもかかわらず、そのあとの行動があっさりしすぎる」

 先野は腕組みをとく。いつもはパリッとした白のスーツも、心なしかくたびれているようにも見えた。

「いつまで調査を続けるんですか?」

 話を聞き終えて、三条は尋ねた。

「依頼者とのデートがある前日までさ。7日間。つまり、今日と明日で一応、終わりというわけさ」

 イスの背もたれに体重を預け、両腕を天に伸びをする。

「しかし、調査はできてもその意味がわからんというのは気持ち悪いものだな。あと2日でその意味が判明すればいいが、そうはならないような気がする」

「お疲れさまです」

 三条は労いの言葉をかけた。



 調査最終日──。

 パロッティーニ悠也は、今夜も街に出ていた。おそらく今夜も同じだろうな、と一人で尾行しながら先野は思う。

 夜の繁華街は、相も変わらず賑やかである。大量に消費される電力によるきらびやかな灯りが通りを照らし、昼間よりも明るいかもしれなかった。

 連日の調査に、先野の疲労は蓄積していた。だが今夜の調査が終わった時点で報告書を書き、ひと仕事が一応完了する。当初の想像とは違った結果ではあったが、これもまた真実だ。ありのままを伝えるのが探偵なのだ。

 昼間は眠っているせいか、パロッティーニは連日の夜遊びでも少しも疲れた様子がない。だが、もし毎日これを繰り返しているのなら、人間離れした体力だといえよう。

 夜の7時を回っていた。

 パロッティーニは周囲に視線を配る。待ち人がまだ来ないようである。

 いくら女の扱いに慣れたイケメンプレイボーイといえども、肩透かしを食らうこともあるだろう。そう思っていると、いつのまにか独りでいる女に話しかけていた。離れたところからその女を見て、先野は手にしていたスマホを落としてしまいそうなほど驚く。三条愛美だった。いつもの控えめな服装ではない、明るい色のトップスだったが間違いなく三条だ。

 ペアとして、今回の調査には原田翔太が割り当てられていて、三条にはサブとして入ってもらってはいたが、こんなことまで頼んでいない。ハラショーが頼んだ? いや、考えられない。

 先野は、歩き出した三条とパロッティーニを尾行する。

 直接本人から聞き出そうというつもりかもしれないが、いくら三条が巧みに誘導尋問しても、パロッティーニが白状するわけがない。

 二人は繁華街の奥に建つ、できたばかりの大型のファッションビルの最上階に入っていった。地域のローカルニュースでも取り上げられた話題のスポットである。強化ガラスの外壁が周囲の灯りを反射して輝いている。

 高級シティホテルも兼ねるその建物の上層階には、同伴でないと入れないオーセンティックバーがあった。シックな店構えのバーからは、きっと眺めのいい夜景が楽しめるのだろう。

 しかしもちろん先野は外で待つしかない。三条がなにをつかんでくるのか、じりじりしながら。

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