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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
恋人は夜にいきる男
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夜の男が街を行く

 きらびやかな繁華街は仕事を終えた大人たちであふれかえっていた。店先の呼び込みの声がひっきりなしに耳に飛び込んでくる。

 アルコールと料理用の強い香辛料の匂いが通りまで漂い、女たちの香水と混ざってむせかえる。冬が終わって暖かくなり、人々は気持ちを緩ませ開放的に夜を楽しむ。怪しい笑みをたたえる女のフーゾク店の看板が通りを行く人々を見下ろして。

 先野光介は人混みにまぎれ、ターゲットを追跡する。

 黒のジャケットにノーネクタイというラフな服装でこんな場所にやってきたとなれば、もう間違いない。女と逢うに決まっている。

 先野はもう勝ったつもりでいた。実際、逢い引き以外のなにがこの先あるというのだろう。最初から感じていた予感は的中したというわけで、実に呆気ない幕切れである。

 浮気をしているなら、多少なりともバレないように工作するだろうに、そんな工夫もない。尾行つけられているかもしれないなどとはまったく頭にない無警戒ぶりであった。

 パロッティーニ悠也が立ち止まる。そこは繁華街のほぼ真ん中にある広場だった。開通40周年を迎える地下鉄への階段が巨大生物のごとく口をあけ、その横になにを表現しているのか奇妙なポーズをとった男のブロンズ像が佇んでいたが、待ち合わせと思しき何人もの男女は、ブロンズ像の奇態さなど目に入らないかのようにスマホを片手に時間をつぶしている。

 そんな烏合の衆であるなかへ、パロッティーニも入っていく。

 やはりだれかと逢うようだ──と、少し離れた場所で、待ち合わせる人のなかから見守っていると、周囲に視線を配していたパロッティーニはやおら動きだし、通りを歩いていた若い女に声をかけた。

 女が立ち止まる。繁華街の喧騒に話声は聞こえない。

 あれが浮気相手か──。

 先野は女を観察する。二十代なかば、整った目鼻立ちで、髪はセミロング。白のトップスは丈が短く、ロングスカートも白系で小さなハンドバッグと合わせている。どちらかというと清楚なイメージ。あまり繁華街にはそぐわない印象である。

 やがて二人は歩き出す。

 会話しながら遠ざかっていく二人の男女の後を、ある程度の距離を取りながら追跡していると、すぐ近くの居酒屋に入っていった。ヨーロッパ風のダイニンングバーだ。ちょっとお洒落な店構えで、外国語でなにか書かれた(店名か?)大きなガラス窓が通りに面しており、外から店内が丸見えである。厨房を囲んでいるカウンター席に座る客の背中が棚の売り物のように並んでいた。

 見立てどおり、かなりのプレイボーイぶりだと先野はうなずく。この調子だと、ほかになんにんもの女を囲い込んでいるのではないかと想像してしまう。週に一回しか逢ってくれない、ということなら、その可能性はかなり高い。

 おそらくパロッティーニ自身は、浮気をしているという意識はないだろう。飽きてくれば新しい女をつくる──そういった関係を楽しんでいる。

 つまり依頼者も、今はいいが、いずれは棄てられる運命にある、ということだ。女をとっかえひっかえする、そういう男はどこにでもいる。罪深い。だからいずれは痛い目に遭うだろう。恋に狂った女に刺されてしまうかもしれない。むろん先野にとってはパロッティーニがどうなろうとどうでもよく、事実を調査するのみであるが。

 ダイニンングバーから少し離れた路上で監視を続けていると、ポケットのなかでスマホが振動する。取り出して画面を見ると、原田からのメールだった。こちらに向かっているとのこと。

 了解した、との返事を送った。

 すると原田はすぐに現れた。

「せんぱーい!」

 大きな声で手を振りながら近づいてきた原田翔太に、先野は思わず渋面をつくった。人の注目を集める行為をするな、といくら言い聞かせても直らない。ハラショー(良し)ではなく、ニェット(ダメ)だ。それに、現れるなら直前ではなく、もっと早くメールしろ、と言いたい。

 先野はやってきた原田に、あの店にいる、とあごをしゃくった。

「へえ、どこに?」

 近づいてガラスごしに店内をのぞき見ようする原田の腕をつかんだ。

「バカやろっ。ターゲットに見つかるだろが」

 早口で注意する。

「あっ、そうか。さーせん、つい……」

 原田は、先野が立っていたポジションに戻る。上から下までザ・ノース・フェイスで固めたファッションは今風で悪くはないが、背負っている角張ったリュックはなにが入っているのかと怪しむほど大きい。

「浮気相手といっしょなんですか?」

「いや、まだそうと決まったわけじゃないが、可能性は高いな」

「特定の彼女がいるのに。もう依頼者とは別れたくなったのかな……?」

「それはどうかわからん。何人もの女を囲む男もいるだろ」

「先輩はどうなんですか?」

「なんの話だ。おれのことはどうでもいい、今は張り込みに集中するんだ」

「へい」

 注意され、しおらしく原田はうなずく。

 張り込みはしばらく続いた。

 時間はすぎていき、夜は徐々に深まって繁華街の賑わいはピークを迎える。あちこちの飲食店から湯気とともに吐き出されてく人々、入れ替わりに巣箱に戻ったミツバチのように吸い込まれていく人々。

 ダイニンングバーから二人が連れ立ってでてきた。寄り添って、いい雰囲気であるのが離れたところからでもわかった。

 先野と原田はあからさまには見つめず、さも無関心を装いながらも、注意深く行き先を確認している。通りを進む二人の歩調は周囲の人の流れに同化し、紛れ込んで見失ってしまいそうだった。

「行くぞ」

 二人連れと絶妙な距離をとって、先野は尾行を宣言する。はい、と原田は、先野からやや離れて歩き始める。

 さぁて、パロッティーニ悠也は、今度はどこへ女をつれて行くのか──。

 隠し持っていたビデオカメラを作動させると、先野はあれこれ予想をめぐらせた。決定的な浮気の瞬間を押さえられたら、調査はここで終了だ。

 二人の後ろ姿を隠し撮りしつつ追跡していると、広い通りから路地へと入っていく。狭い通りを挟んだ向かい側に、小さな飲み屋がひしめくように軒を連ねる、いわゆる「通」好みの界隈である。客が数人も入れば満席になるような小料理屋や、何十年もの歴史をもつスナックなど、一見さんではなかなか勇気の要りそうな場所である。

 その薄暗い、迷路のように入り組んだ通りに、先野、それから原田も入っていく。

 ──気づかれたか?

 と、先野は懸念する。

 ここでまかれてしまう可能性もあり、先野はあせる。見失わないようにと距離を詰めてしまってはこちらの面までわかってしまうし、しかしかといってこのままでは……。

 そしてその不安は的中してしまう。

「しまった!」

 先野は内心、叫んだ。

 昔ながらの赤提灯がぶら下がる四つ角を曲がったとき、パロッティーニと女の姿が消えていた。

「くそぅ……」

 小さく毒づき、あわてて駆け出す。ここでまかれてしまうとは迂闊であった。だが遠くへ行ってしまったわけではない。急げば追いつける。とはいえ、もしどこかの店に入ってしまっていたら、一軒一軒のぞいて確かめるしかない。

 それをするか、と思ったとき、後ろから原田が追いついてきた。

「先輩……?」

 先野の顔に焦りの色を見て、原田はなにが起きたのかを知った。

「先輩でもとりにがすことがあるんですね」

 意外そうな口調が、先野の気に障る。

「うるせー。とにかく探すんだ」

 二人して通りを進んだ。

 すると──。

 なんと、前方の、重ねたビールケースの置かれた曲がり角からパロッティーニが現れ、こちらにやってくるではないか──。

 しめた、と思った先野だったが、傍らには女がいない。

 不審に思いながらも平静な顔ですれ違った先野が、ビールケースの置かれた曲がり角の先を見たとき、さきほどまでパロッティーニといっしょにいた女が通りの真ん中でつっ立っていたのを認めた。どこか気の抜けたような表情で、その目はどこにも焦点があっていない。

 先野は身を翻すと、

「ハラショー、おまえはこの女についとけ。おれはターゲットを追う」

 いきなり言われて、原田は戸惑う。が、すぐに理解して、

「あ、はい」

 と、うなずいた。

 先野はパロッティーニを追いかける。

 ついさきほどまで仲良く酒を飲んでいたはずではなかったのか。こんなところまで来て、どうして女を置き去りにした? 二人の間になにがあったのだ?

 事情は不明だが、とにかく二手に分かれ、それぞれを追跡する。先野はパロッティーニ悠也、原田は女を。

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