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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
エアな奈々子
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2回目の尾行

 先野光介は、所田明二の一日の経過を依頼者に電話で報告し、次の機会を待つことになった。また日曜日に出かける予定だと、依頼者は情報をくれた。

 その間、先野は他の探偵のサブとして、ペット探しや浮気調査を手伝った。ネットで調べものをしたりもしたが、そんな業務の間にも、奈々子という謎の恋人の正体について、あれこれと考えを巡らせていた。その仮定をもとに、次のデートで真相に迫ろうと思った。

 そして日曜日、先週と同じく三条とでアパートを張った。

「今日は彼女、現れますかね……?」

 三条は小声で話しかけた。先週とは違う服装で。こういった〝仕事用〟の服は、事務所に備品として揃えられていた。

「現れるだろう。先週すっぽかして、今回も、なんてことがあろうはずがない」

 先野はそう言いつつも、しかしへんな胸騒ぎがしていた。この一週間、先日、隠し撮りした所田明二のビデオ画像を繰り返し見ていた。そこで気になっていたことがあったのだ。

 それは「所田明二には恋人なんかいないのではないか」という可能性だった。

 奈々子という女が実在するかどうかはべつとして(たとえばグラビアアイドルだったり、あるいはゲームのキャラクターだったりするかもしれない)、恋人を仮想しているのかもしれないと思ったのである。恋人がいるつもりになっている、というわけだ。それにしては行動が本格的すぎるが、ありえないとも言い切れない。つまり、エア恋人だ。

 ただ、そうなると、ひとつ整合性がとれない。

 パートナー紹介センターの話である。実は、依頼者である兄が弟を心配して一度連れて行ったことがあったのだ。だから奈々子とはおそらく所田明二はそこを通じて知り合ったと思われる。

 パートナー紹介センターから誰かをちゃんと紹介してもらっているなら、仮想などという話にはならないはずだ。

 それとも、知り合ってはいるものの、まだまともな付き合いはしていないのかもしれないのか――。今は将来それに備えてのシミュレーションをしている、というのも、考えられないだろうか。

 そこまで慎重に事を運ぶほどのことではないとは思うが、本人にしてみれば、そこまで思い入れているのかもしれない。

 あるいは、すでに振られてしまい、忘れられずにあのような行動に出ている、というのも考えられないだろう。となれば、それはもう精神病である。そこまで酷いだろうか。

 あれこれ考えつつも結論を出すには、とにかく今回も尾行をしなければならない。

 時刻は十時半――。

 アパートの玄関ドアが開いて、所田明二が出てきた。

「よし、我々も行くぞ」

 駅へ向かう所田明二の後を追って、先野たちも動き出した。



 明二は先週と同じコートを着ていた。もう覚えてしまっていて、尾行しやすい。一方、探偵二人は前回と服装を変えている。

 先週の日曜と同じように、電車に乗ってターミナル駅で降りた。

 しかし今回は、駅改札口を出たところで立ち止まり、柱に向かってなにかしゃべると、駅隣接のデパートに入っていった。エレベーターで最上階のレストランフロアに移動し、やや高そうな中華料理店へ一人で入っていった。

「ここで待ち合わせしてるんでしょうか……?」

 三条が店の入口が見えるところで、先野に話しかけてきた。

「いや、たぶんもう会ってるんだ……」

 先野はつぶやくように言った。すでに明二は〝目には見えない女〟といっしょなのだ。駅の改札口で落ち合ったのに違いない、と確信していた。明二の声は雑踏にまぎれて聞こえなかったが、駅に着くなり誰かとしゃべっていた。

 まるで童話の『裸の王様』だ。存在しないのに存在していると思い込んで、そう振舞っている。

 問題はその理由だ……。なぜ、明二はそうしているのか。いくらなんでも、そうしなければ自分は愚か者だと認めることが恐ろしいという童話そのものの理由ではないだろう。では、奈々子という「見えない服」は、明二にとってどんな存在なのだ?

 ひょっとすると──と先野は思った。

 明二は本当に奈々子がいると思っているのでは――。

 ずっと尾行し続けて、観察すればするほどその行動に一貫性がある。もし奈々子がそばにいれば、全然違和感がないのである。

(もしや……)

「なにかわかったんですか?」

 三条が先野のつぶやきに反応した。

「いや、ちょっと思いついたんだ。明日にでもすべてが解明するかもしれない」

「どういうことです?」

 先野は含み笑いし、三条の問いには答えない。

 中華料理店から出た後もさらに尾行を続けた。明二はその後も誰とも会うことなく、ずっと一人だった。

 だが楽しそうだった。

 夜になり、たった一人でホテルに入っていくことを見届けて、先野は確信した。


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