理想のカレ氏
恋人は理想的な男性だったが、平日の夜以外は逢ってくれない。
普段なにをしているのか謎の恋人。まさか浮気でもしているんじゃないか、と不安に押しつぶされそうな理山早奈は、興信所を訪ねる。
対応に当たった探偵・先野光介は、その男、パロッティーニ裕也に張り付いて調査する。
写真を見た印象から、残念ながら浮気をしているのは間違いない、と思った先野であったが……。
あんのじょう、女と遊ぶ彼を目撃するが、その行動の目的がわからない。
血のように赤みの強いワインの入ったグラスを傾けて、カレはすごく美味しそうに飲み干す。アルコールには強いらしい。いくら飲んでも酔っ払うことなく紳士的で、そんなところも引きつけられた。
テーブルを挟んだ向かい側で、理山早奈は、幸福そうな微笑みをたたえる若い男の顔を見つめる。
静かな音楽が流れるフランス料理店。高い天井から下げられたシャンデリアは控えめで、華美さを抑えた明かりに照らされた店内は、各座席周囲を華やかに浮かび上がらせて余計な演出をしない。白いテーブルクロスの上の料理はもうあらかた進んでいてデザートの時間だったが、カレはピスタチオをつまみにワインを飲んでいる。
「このあと、どうする? バーで飲み直す?」
ショットバーにはこれまで何度か連れていってもらっていて、そろそろ本格的な大人のオーセンティックバーに、と誘ってくれていたのだけれども、まだ遠慮があった。
でも今日は誘われようと思った。
「いいわ。行きましょう」
カレとのつき合いは決して短くはない。だからそろそろ決心してもいいかな、と早奈は思わないでもなかった。イケメンで優しく、わたしを理解してくれている──なにも迷うことはない……はずなのだけれども。
が、不安が大きいのもまた本当だった。
それは単なる気のせいや漠然とした心配ではない、と女のカンが告げていて、その懸念が彼女の決意を揺らがせているのだ。
逢うのは決まって平日の夜──仕事が終わってからであった。仕事で疲れているし、たまっている家事をこなさないといけないからと、土日の昼間にデートしたことは一度もない。逢える平日といっても、週に一回程度でそれ以上はない。一泊することもなかった。
それだけ聞けば不審がるような点はないようだが、逢っていない日の夜や土日は、どれだけこちらから連絡を入れてもすぐに返事がないのがどうにも気になる。電話をかけても出てくれない。
あとからカレのほうから連絡してきて、きちん詫びて好感がもてるが、その理由は言ってくれない。直接聞いてもはぐらかされた。
要は秘密の多い男なのである。カレの自宅に行ったこともない。
早奈にはそこが不満だった。
信用していないわけではない。信用していないわけではないが、結婚となれば自分の人生を託してしまうのだから慎重になるのも道理だ。
レストランを出て、カレの傍らでバーまでの距離を歩きつつ気持ちのいい夜風にふかれても、心の底に沈殿する重たいものがふつふつと意識に昇ってきた。バーのカクテルでごまかしても、ごまかしきれないな、と思うのだった。
そして、ひとり休日に家にいるときに、その不安の固まりはどんどん膨らんでいき、早奈にひとつの決断をさせた……。




