ロミオとジュリエットの顛末
四人部屋の病室に入ってきたのは、帆園真恵子である。コートを腕にかけ、もう一方の手にはエコバッグ。
遠慮がちに奥のベッドに進んだ。
「ああ、今ならだいじょうぶだよ」
ベッドの上から声をかけたのは線田英翔だ。スマホを脇に置き、
「お袋に見つかるとマズいから、見舞いになんか来なくていいって言ったのに」
「だって、急に入院だなんて、驚くわ」
「すまない、今日はアパートを見に行く日だったのにな」
「そんなのいいわよ。で、どうなの、体の具合は?」
「うん、それがぜんぜんなんともないんだ。ゆうべあんな激痛が襲って、医者も死にかけてたと言っていたのに、今朝はもうすっかり治ってしまってるんだ」
「食中毒?」
「心臓の辺りが痛かったから、違うだろう。ともかく、今は様子見だそうだ。検査でなんともなかったら退院さ」
「そうなの……?」
真恵子は話が信じられない。
「それより、ほら、お袋が戻ってこないうちに、退散したほうがいいぞ。ぼくはなんともないから」
痛みは嘘のように消えて、英翔は、もう自分の体の心配はしていない。
「わたし、お母さんにちゃんと話したほうかいいんじゃないかと思うの」
母親のことが英翔の口から出て、真恵子は意見する。英翔の母は、息子が真恵子にたぶらかされていると思い込んでいる。その誤解を解きたい、という気持ちがあった。
「やめときなよ。絶対信じちゃくれないから。喧嘩になるのがオチだよ」
英翔がそう一蹴すると、真恵子はため息をついた。
「わかったわ。今日のところは引き上げるわ」
「悪いね、わざわざ来てもらって。退院したらアパートを見に行こう」
真恵子はうんうんとうなずく。
「じゃ、連絡待ってます。なにか必要なものがあったら、言ってちょうだい」
そこへスマホが鳴る。英翔が取り上げると、
「お袋からだ」
通話ボタンをタップ。
手を振りながら病室を出て行く真恵子に、英翔は通話しながら手を振り返した。
面談コーナーで依頼者に報告書を手渡し、先野光介は事務所に戻った。ひと仕事終えて、一息つけるひと時だった。
「どうもお疲れさまでした」
そう言ったのは三条愛美である。デスクでパソコンに向かってネット検索をしているところだった。別の依頼を受けて、調べている最中、の図だ。
「今回の依頼は妙だったな」
先野はそう感想をもらした。白の上下は、相変わらずの服装である。
「依頼者の息子が急病で入院して、その足でここへ来たって話なんだが、まさかその息子につきまとっていると勘違いしていた女の父親が、例の人形探しの依頼者だったとは……」
「先野さんが両方の依頼にかかわったからこそ、それがわかったわけなんですよね」
「そしてお互いの親が相手を憎々しく思っていたというのも、な。解決手段は違えど」
片方は先野を頼り、もう片方は呪いの人形を頼った。
「もっとも、そんなことをせずとも、二人はそんな関係ではなかったのにな」
「息子さん、急病で入院したって言ってましたよね?」
「ああ、でも、今朝になって症状が良くなったらしい。母親はだからここまで報告を聞きに来れたというわけさ」
「わたしたちが呪いの儀式を中断したから、効き目が不十分だった、とか?」
「よせよ、気持ち悪い話は。おれもそう思わないでもないが、迷信なんか信じないほうがいいと思うぜ。おれたちは探偵なんだからな」
「じゃあ、こういう話はどうでしょう」
三条はパソコンの画面から視線をはずし、先野を見て言った。
「わたしのサブに先野さんを指定したのは部長なんですよ。初めから先野さんの受けた案件と、わたしの受けた依頼に、なんらかの関連性があると気づいたのかもしれませんね」
「もしそうなら素晴らしい采配だな」
「依頼を受ける前の電話だけで、それがわかるなんてすごいですよね。だからAIが判断してるんじゃないかっていうウワサもあるんですよ」
「コンピューターがどの探偵を遣わせるか判断したっていうのか? ダーティペアかよ」
「そのうち探偵までAIに置き換わってしまうかも」
「さすがにそれはない」
先野は断言した。
「人が人である以上、その悩みはあくまで人間にしか理解できない」
「だといいんですけど……」
三条はディスプレイに視線を戻し、作業を再開する。
「あ、それと、先野さん。また別の依頼が入ってまして、サブをお願いできますか?」
「んあ? ああ、そうか。いいとも」
先野は二つ返事で引き受ける。
「ちなみにそれも部長からの指示かい? ──いや、どっちでもいいか」
三条もあえて言わなかった。
そう、どちらでもいい話なのかもしれない。依頼を解決できればそれでいいのだから──。
【ロミオとジュリエットと人形の話】(了)




