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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
ロミオとジュリエットと人形の話
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人形が燃える夜に

 翌朝──。

 依頼者は興信所「新・土井エージェント」の事務所にレクサスで乗り付けてきた。営業時間開始に合わせて午前9時ちょうどに。

 三条愛美が前日に電話すると、依頼者はものすごく興奮した様子で感謝を伝え、明日の朝、そちらへうかがった足でその寺へ行くと言った。

「ありがとうございます」

 事務所に併設された面談コーナーで、依頼者の男は嬉々として三条に対した。

「場所は明相寺、連絡先はこちらです」

 明相寺で撮った写真を載せた報告書を取り上げ、依頼者は穴があくほど見つめた。

「おお、これこそ探し求めていた人形だ。よく見つけてくださいました。忙しくて、わたし一人では見つけられませんでしたよ」

「よろこんでいただき、わたくしどももその甲斐がありました」

「おお、そうだ。謝礼を払わねばな」

 依頼者は上着の内ポケットから銀行の封筒を取り出し、テーブルに置く。

 中身を改める三条。

「請求額より多いですよ」

「いや、いいんだ。多い分はチップとしてとっておきたまえ」

「そういうわけには──」

「わたしからの感謝の気持ちだよ」

 うれしくて、気前のよくなる依頼者はたまにいた。三条は話題をかえた。

「あの人形、これから引き取りに?」

「すぐにね」

「どうするんですか?」

 三条がそう言ったとたん、依頼者の顔から笑みが消えた。

「人形のことを調べて知っていると思うが、それ以上は聞かぬことだな」

 口調が慇懃になっていた。三条を見る目の色が変わったように感じ、

「では、領収書を発行しますので、しばらくお待ちください」

 そう言って立ち上がった。

 しかし領収書を持って戻ってくると、もう依頼者の姿はなかった。



 その夜は寒かった。県北部の山沿いは、とくに寒さが厳しい。村落と村落の間は山深く、県道の両側には杉の森しかない。鹿でも飛び出してきそうである。

 そこを1台のクルマがヘッドライトを怒らせながら疾走していた。

 街灯もない曲がりくねった道を、すれ違うクルマもなく、闇を切り裂きながら走って、まるでなにかに追いかけられているかのように。

 どれぐらい走ったろうか、険しい道は行き止まりになっていた。クルマが停止する。

 レクサスから降りてきたのは、ひとりの男だった。人類救済協会の教祖であり、昼間、興信所「新・土井エージェント」で三条愛美の依頼報告を聞いた、帆園真恵子の父であった。

 その手には一体の人形が握りしめられていた。明相寺で手に入れたばかりのソメである。

 もう一方の手にはLEDライト。足下を照らしながら、だがその歩みには迷いがない。

 クルマの通れない細い道を少し行くと、そこには祭壇が設けられていた。白木の香の漂う真新しい祭壇であった。

 祭壇の横には護摩をたく炉が据えられ、すでに薪が積み上げられていた。

 教祖はそこに火をつける。油でも染み込ませてあるのか、火はたちまち勢い良く燃えだし、周囲を明るく染め上げる。

 その明かりのなかで、教祖はソメを祭壇に寝かせた。祭壇には太い釘が打ち付けてあり、胸にあいている穴に通した。

 残酷そうな目で満足げな笑みをたたえた。その顔には人類を救済しようという意志のカケラも見えない。

 護摩の前に陣取り、教祖は呪文を唱える。どこの国の言葉とも知れない、奇妙な呪文であった。

 真剣な形相で、その熱の入れようは、まさにその呪術の効果を少しも疑っていない。呪いの人形をして、それは21世紀においてあまりに前時代的な光景であった。

 そこへ、突然、ひとつの影が走り込んできた。

 その人影は、祭壇の上のソメを手にとると、ひょいと取り上げた。

「なにをする!」

 突然の乱入者に、教祖は色をなして向かってきた。

 ソメをつかんだ人影は、草に足をとられて転倒する。

「きゃっ」

 女の悲鳴があがった。

 そこへ教祖が追いついた。儀式を邪魔され、怒り心頭であった。ソメを奪い返すだけでは足りず、女に襲いかかろうとした。

 が、教祖が女に気をとられ、ソメから注意がそれた。その一瞬の隙に、教祖の手にあったソメが何者かに奪いとられた。

「人形はこっちだ!」

 男の声が叫んだ。

「そいつを返せ!」

 今度は男を追いかける教祖。だが、男が手にした人形が、燃えさかる護摩のなかに投入されたのを見て悲鳴をあげた。

「ああっ、なんてことを!」

 布や紙でできている人形は、あっという間に炎に包まれる。教祖は思わず護摩に手を突っ込もうとするが、火の勢いが強すぎて果たせない。

 その間に、男は女の元へと駆け戻り、

「逃げるぞ!」

 すでに起き上がって走りだしていた女とともに、駆け足でその場から立ち去っていった。

 護摩のなかで燃え尽きてゆく人形を、なすすべもなく見ているしかない教祖は、鬼も逃げ出すような形相で、男女の走り去った方を振り返って凝視した。その姿は護摩の揺らぐ焔を背負い、逆光でシルエットとなった仁王立ちは、さながら怒りの権現と化していた。



 2台の軽自動車が深夜の街道を走っていた。時刻は午前1時を回っていた。走り続けること1時間、前後に走るクルマは他になく、やっと山道から里へ出てきて、灯台のように明るく目立つコンビニが見えてきた。前を行くクルマがその駐車場へ入った。ついて走っているクルマもその横に駐車した。

 ドアが開く。軽自動車には、それぞれ男女が一人ずつ乗っていた。

「なんであんなことをしたんだ? 放っておけばいいだろうに」

 先に口を開いたのは、先野光介だった。闇に紛れそうな黒いコートを羽織っていた。

「それは……あの人形で、だれかが傷つくのを防ぐためにです」

 少し間をおいて答えたのは、三条愛美である。暖かそうなダウンジャケットが体を大きく見せていた。

「本気で言っているのか? あんな儀式でだれかが呪われると?」

「あの人形、ソメはお祓いをしたと住職は言ってましたが、わたしはまだ気持ちの悪い雰囲気を感じました。今の科学では説明できませんが、たぶん、教祖は娘さんの交際相手を──」

「ストップだ」

 先野は、話し続けようとする三条を制した。

「それ以上、言うな。アタマが痛くなりそうだ」

「じゃあ、先野さんはなぜわたしを追ってきたんですか?」

 まさかGPSを取り付けた依頼者のクルマを尾行していた三条の乗ったクルマに、先野がGPSを付けていたとは。

「せっかくコンビニに来たんだ、寒空の下で話していないでイートインでコーヒーでも飲もうぜ」

 それには答えずコンビニに向かって歩き出す先野に、

「こんな真夜中にコーヒーですか?」

 そう言いつつ先野のあとを追う三条の口元に笑みが浮かんだ。

「それはともかく、助けてくれて、ありがとうございました」

 ガラスの自動ドアが開く。ピンポン、とチャイムがなる。


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