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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
ロミオとジュリエットと人形の話
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帆園真恵子が語ること

 一件落着である。

 人形の件は三条の受けた案件だ。あとの仕事は三条がやりきり、先野は自分の案件に戻った。

 原付バイクを走らせ、帆園真恵子との待ち合わせ場所へと急ぐ。

 冬の日暮れは早い。午後4時を回れば陽は傾き空も薄暗くなってくる。気温も下がって、コートの隙間から入ってくる冷気が辛い。しかしそれぐらい我慢できずに探偵なぞ務まらない、というのが先野のポリシーだった。もっとも、先野のポリシーの大半は「やせ我慢」という言葉に置き換えられるが。

 待ち合わせ時間は午後5時である。まだ15分はあるし、目的地のターミナル駅はもうすぐだ。間に合わなければ途中で電車に乗り換えることも考えたが、それはせずにすんだ。

 駅前の有料駐輪場に原付バイクを置き、先野は改札前に向かった。

 帆園真恵子の顔はネットで探しあてられたし、目印に赤い帽子をかぶっていると言っていたので、人が多い場所でも接触できるだろう。

 階段を上がって中央改札前にたどり着いたのは、約束時間の4分前だった。ちょうど電車が到着したばかりなのだろう、改札から陸続と人が出てくる。改札機のICカードを読み取るピッという音が鳴り響き、出荷されていく製品を思わせた。

 改札前の広い空間の真ん中に、鮮やかな赤い帽子をかぶった女が嫌でも目立っていた。

 先野はそこへ一直線に歩み寄る。

「すみません、帆園真恵子さんでしょうか?」

 ネットで確認したのより生き生きとして見えた。31歳で、人類救済協会・教祖の娘。ナチュラルメイクだが、元がいいせいか、美形である。

「はい、そうです。あの、線田さんのご友人というのは……」

 友人というには先野は年齢が離れすぎているからか、ちょっと驚いていた。だがネットを通じてなら、そんな友人関係も珍しくないと主張する。

「線田英翔くんとは年齢をこえて親しくさせてもらってます」

「そうなんですか……」

 どことなく疑いの目をしていた。

「とりあえず、どこか話のできる場所に移動しませんか」

 先野が言うと、「そうですわね」と同意し、見回す近くで目に入った喫茶店に落ち着いた。

 駅の構内に、壁に沿って無理にスペースを確保して造ったと思しき細長い喫茶店の、モーニングセットのトレーをふたつも置けなさそうな小さなテーブルをはさんだ二人掛けの席に、ブレンドコーヒーだけを注文して先野がすわると、向かい合う席にかけた帆園真恵子は切り出した。

「で、その、坂井さんは、線田さんからわたしのことをどのように聞いてるんでしょうか」

 先野は「坂井」と名乗っていた。

「その……線田くんから、ちらりと聞いたんですが、困ったことがあったら、その人に相談するといいよ、と」

「わたしが何者かも聞いているんでしょうね」

「あ、はい。人類救済協会の教祖の娘さんだと。線田くんは、帆園真恵子さんと親しいので、なにかと力になってくれそうだって」

「それは本当ですか?」

 真恵子はまっすぐに先野を見据える。心の奥まで見通すかのような鋭い視線であった。

「もちろん……」

 先野は答えた。内心動揺していたが、それを悟られないよう平静を保つ。探偵なら演技力も大事である。

「坂井さんと、おっしゃいましたよね? あなたは何者ですか?」

「いえ、ですから……」

「線田さんがわたしを紹介するわけがない。いったいどこで、わたしたちのことを嗅ぎつけたんです?」

 どうも雲行きが怪しい。

 線田英翔は、教祖の娘である帆園真恵子に洗脳され、人類救済協会の教えを信じている──先野はそう推理した。それは激しい恋愛感情のような一時的な情熱ではなく、根の深い、男女の仲などよりずっと解決の難しい厄介な問題だと腹を据えて事に臨んだ。

 ところが、その前提が間違っていた? いや、そんなことはあるまい──。ここまで調査を積み上げてきて、理論的に考えて結論に至った。それ以外の可能性があるだろうか……。

 先野の頭のなかで、思考がぐるぐると駆け巡った。

(ここは真実を聞き出さなければならない。軽率にこちらの手を見せるわけにはいかない)

「と、言われますと?」

 先野は水を向けた。『線田さんがわたしを紹介するわけがない』、帆園真恵子はそう断言した。入信を進める立場なら、そんなことは言うはずがない。だが教祖の娘という立場にあって、そんなことが……。

「坂井さん、線田さんの友人というのは嘘ですよね。わたしに近づいた目的はなんですか?」

 先野は焦った。ここまで完全に推理をはずしたことはなかった。手のひらに汗がにじんできた。

 先野が依頼者から頼まれたのは、「息子をたぶらかす年増女がどこのだれかかを調べ、できれば別れさせてほしい」というものだった。

 だからそういう前提で、先入観に支配されていた。そこがそもそもの失敗であった。

 しかしそれもやむを得ないだろう。なにしろ、その女はただの年下好きの厚顔な年増ではなく、実は新興宗教の教祖の娘だったのだ。

 だから帆園真恵子の話を聞いたとき、先野は早合点していた自分が恥ずかしかった。

「わたしの父が興した人類救済協会の事務をやっていますが、本当のところは早く出て行きたいのです。あんな怪しげな宗教を興して教祖に治まっているなんて、父ながら不気味だわ。口が達者なために、みんな騙されて信者にさせられてしまっているけど、わたしは冷めて見ていた。なんとかここから脱け出したかった。でも父の目が光っていて、なかなかできなかった。そんなわたしに力を貸してくれたのが線田さんでした。父に気づかれないよう、信者になったフリまでして、わたしのためにアパートの保証人になって。恋人? とんでもない。わたしだと年齢が開きすぎて線田さんに悪いわ。そこまで自惚れてはいませんよ」

 依頼者の勘違い、というのはよくあるが、探偵までもが踊らされていたとは、恥入るばかりである。

「ということは、今後、帆園さんが教団から離れて生活できるようになったら、線田さんとは?」

 一応、その後の関係を確認した。依頼を受けた興信所の探偵であることを先野は白状していた。

「そうね……」

 おかわりのコーヒーに口をつけ、帆園真恵子は少し考えてから言った。

「わたしの独立を見届けたら、たぶん、彼のことだから、またべつの人助けをするんじゃないかしら。そういう人なのよ」


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