そこは人形の墓
明相寺まで原付バイクで一時間半もかかってしまった。今日はクルマにすべきだったかな、と後悔する。
古くからある寺のようだった。開け放しの大袈裟な薬医門は歴史を感じさせた。
しかしそんなことより先野は駐車所に停めてある一台の軽自動車に注目した。外見はどこにでもありそうなクルマだったが、ナンバーに見覚えがあった。興信所の社名デカールが貼ってあるわけではないが、まちがいなく新・土井エージェントの社用車だ。
このクルマがここにあるということは……。
先野は寺の門をくぐると、大きな松の木のある境内を見回し、寺務所を目で探す。
視界の右には鐘楼が立派な鐘をぶら下げており、正面には大きな瓦屋根の本堂。その左のやや小ぶりな建物は庫裏だろう。
先野は庫裏が寺務所だろうと、そこへ足を向ける。
ドア横の呼び鈴を押すと、チャイムが鳴った。
あらかじめ電話で来訪を告げていたから、留守ということはないはずだ。
すぐにドアが開いた。
やぎ髭を生やした60代とおぼしき男が出てきた。この寺の住職だろう。作務衣を着ていた。
「ごめんください」
先野は一礼する。そして用件を切り出そうと口を開いたとき、
「先野さん!」
と、奥から声がかかった。
寺務所から出てきたのは、予想どおり、三条愛美だった。
三条が明相寺に来たのは、ほんの30分ほど前だった。住職に会い、人形の写真を見せ、岸浜仁左衛門の名前を出した。
住職は知っていた。まさにその話をしているところに先野がやってきたのだった。
先野をまじえ、住職は改めて件の人形についての話をした。
「あれは、ソメという名の人形で、たしかに岸浜仁左衛門が製作しました」
しかしただの人形ではない、と住職は神妙な顔つきで言うのであった。
先野が人形コレクターの婦人から聞いたことおり、ソメは呪いの人形だった。強烈な怨念が取り付いていて、呪う相手を殺してしまう、という。
岸浜仁左衛門は人形作家ではなく呪術師で、江戸時代の始め、ある大名に頼まれて作ったらしい。戦国時代が終わってもまだ家督争いの激しさが残っていた時代だった。そして、すたれつつあったといえども、一部ではまだ呪術が信じられていた。
この人形の胸には釘を通す穴があいており、呪う相手を思いながら立木に打ちつけると、その者は苦しみ抜いて死ぬらしい。もしこのやり方で人を死に至らしめたとしても、おそらく警察は殺人を立件できない。これで人が死ねば、の話だが。
「で、その人形はいまどこに? もしやこのお寺にあるんですか?」
先野は聞いた。人形の由来など、実はどうでもよく、その在処が重要なのである。
「あります」
住職はうなずいた。
「いまの話も、実はその人形を持ってきた人に聞いたのです。知ってのとおり、この寺では定期的に人形を供養しております。魂を分離して成仏させるのです。この人形もその日までこの寺に保管されます」
「もし、その人形、ソメを欲しい、という人があらわれたらどうします?」
三条が聞いた。依頼者は、人形を探してほしいということだったが、それはつまり、手に入れたいということで、在処がわかればどんなに高額だろうと引き取りにやってくるだろう。
「人形は、欲しがってくれる人のところにあるべきものです。もしそんな人が現れたら差し上げますよ。呪いは、もうお祓いをしていますから、だいじょうぶです」
「そうですか。わかりました」
三条はホッとした表情を浮かべる。
しかし、手に入れたいという依頼者は、毒の抜かれた人形など必要としていないだろうな、と三条の横で先野は思った。
「人形をご覧になりますか?」
住職は聞いた。
「はい。見せていただけるのなら」
きちんと確認しないわけにはいかない三条である。間違いなくここに探し求めていた人形があるのかどうか、この目で見ないことには報告できない。
「ではこちらへどうぞ」
住職は立ち上がり、背中を向けて歩き出す。三条と先野は住職に続く。
寺務所の外へ出た。そして、すぐ隣の本堂へと入っていった。
本堂の広い内部には観音像が据えられていた。高さ2メートルほどの立派な観音像である。その周囲には、思わず息を飲んでしまうほど数多くの人形が置かれ、まるで観音様を慕って集まった民衆のようであった。人形の種類も、フランス人形から日本人形、はてはリカちゃんまで、さまざまである。
「このなかにソメがいるんですか?」
三条が聞くと、はい、と住職はうなずいた。
三条は写真を取り出し、見比べると、
「ソメは、観音様のすぐ右にございます」
住職が教えてくれた。
二人して、目を皿のようにして見る。
「あったわ」
三条は駆け寄った。人形の集団のなかから、あの不気味な雰囲気の漂うソメを見つけた。取り出した写真と見比べ、
「間違いない。この人形だわ」
お祓いをしたというが、人形の造形そのものに禍々しさが固着しているようだった。ガラスの目玉が見ているのは、人間には見えない世界かもしれなかった。
じっと凝視める三条の後ろから、住職は声をかけた。
「もし引き取りたいのでしたら早めに来てください。供養をしましたら燃やしてしまいますから」
「はい。おそらく、一週間以内には」
三条は答えた。そのとき三条の脳裏には依頼者の顔が浮かんでいたかもしれなかった。




