先野は東奔西走する
翌日。
先野光介は朝から事務所にいた。
この時間、線田英翔は普通に職場にでているはずで、帆園真恵子は『人類浄化協会』で事務の仕事をこなしている最中だろう。
公式サイトにある番号に電話をかけてみた。
コール二回で相手がでた。
「お電話ありがとうございます。こちら人生を充実させるお手伝いをします、『人類浄化協会』でございます」
女性の声が答えた。枕詞が大層だった。
「あの……友人の紹介で、電話させてもらったんですが、あの……帆園真恵子さんというかたが、そちらにいらっしゃるんですか? 友人がそのかたにお世話になっていて、話を聞いてもらえると……」
「はい、もちろんですよ」
電話の向こうの声は明るい。入信してくれそうなカモに見えているのかもしれない。どれぐらいの額のお布施によってこの新興宗教は維持されているのだろう、と先野はふとそんな疑問をもった。すべての財産を失っても帰依するのは、まるで中毒患者のようで、外からみる限り不幸であっても当人が幸福ならばそれでいいのかもしれないが、周囲を巻き込むのはいただけない。線田英翔はその罠にかかってしまった。救い出すには探偵ではなく、カウンセラーが適任かもしれない。
代わりますのでしばらくお待ちください、と言われてから10秒ほどがすぎ、
「お電話代わりました、帆園真恵子です」
落ちついた声だった。どんな顔だろうと先野は想像する。清楚なイメージを勝手にもった。
「ご友人の紹介だとおうかがいしましたが」
「はい、線田英翔というんですが」
「ああ、そうですか。それはどうも……」
一瞬だったが、息づかいが乱れた。先野はそれを見逃さなかった。
「それで、ぼくもお話ができればいいかと……」
先野は、あくまで救済してもらいたい、という姿勢をくずさない。
「できれば、どこかでお会いできませんか……?」
「いま、どちらにおいでですか?」
「いまですか? いまは……」
遠い場所を言った。行くのが億劫なほどの。
「遠いですわね。わざわざ来ていただくのはたいへんですから、どこかで落ち合いましょうか」
そして、JRと私鉄が乗り換えられるターミナル駅を待ち合わせ場所に指定してきた。思ったとおりの展開である。
そこでいいでしょうか、という帆園真恵子に、はい、それで、と答える先野。
時間は夕方、5時と決まった。
電話を切り、先野はホッと息をつく。一昨日、行ったばかりの『人類浄化協会』の本部に出向かなくて助かった。本丸での話となると、きっと顔を覚えているだろう幹部と鉢合わせて大嘘がバレてしまう。
帆園真恵子と会ってどんな話を聞き出すか、対策を立てておかねば、と思う。が、同時に人形探しも忘れてはならない。
夕方まで時間はある。
昨日の夜、電話をかけた人形コレクターに会いに行くことにした。
住宅地にある、2階建ての一般住宅。
原付バイクを下りた先野は、真冬にもかかわらず青々とした芝生の広い庭を持つその豪邸を眺める。お金持ち、を誇示するような白亜の大邸宅である。冬の日差しを受けて壁の白さが際立っている。
まぁ、そうだろうな、と先野は得心する。コレクターというのは概して金持ちだ。貧乏なコレクターなんかいない。暮らしに余裕があってこそ、なんの役にも立たないモノを集められるのだ。
呼び鈴を押すと、鳴るチャイムの音までゴージャスな感じがした。
「あの……昨日、電話しました者ですが」
と、言うと、
「どうぞお入りください」
と、気安い。
門の鉄扉を開け、れんがを敷き詰めたプロムナードを通って、手入れの行き届いた、芝生用の散水機でも埋まってそうな庭を縦断して玄関ドアに至ると、そのドアが開いて、気合いの入ったメイクをした50歳ぐらいの、一見してブランドものとわかる服を着た婦人が先野を迎える。チークが濃い。
「どうぞ、なかへ」
「お邪魔します」
先野は会釈し、玄関を入る。明るい吹き抜けの空間が迎える。高い位置の天井にはシーリングファンがゆっくりと回転していた。正面の壁には100号サイズの油絵がどうどうと掲げられており、来客の目を引きつけた。だれの筆によるものか先野は知らないが、これだけ大きいとかなり値が張るにちがいない。
玄関のすぐ右に二階への階段があった。意匠を凝らした白木の階段柵が、まるで映画のワンシーンのように階上へと誘っていた。
その階段を指し、
「展示室は二階です」
と、婦人。
「展示室……」
「はい、興味のある方のために、人形コレクションは公開していますの」
「はぁ……」
どうやらその世界では名の知れたコレクターらしい。ここまでするからには、つまらないコレクションなんかではないだろう。貴重な人形も所蔵してあるとみた。
スリッパに履き替え、婦人のあとに続いて先野は二階に上がる。
階段をあがりきったところにある、『人形博物館』とのプレートが取り付けられたドアを開けてくれた。
「!……」
先野は圧倒された。人形だらけだった。何体あるのか見当もつかないほどの数である。
20帖ほどの広さの部屋の四方の壁には、ガラスのスライドドアを通して天井まで届く数段の棚の上に人形が整然と並べられ、部屋のまん中にも高さ1メートルほどのショーケースがアイランド型に置かれ、天板のガラスをのぞきこんで中の人形を見ることができた。
それらの人形たちが、部屋に入ってきた先野を「何者が来たのか」という目でいっせいに見つめているかのようだった。どれもアンティークショップで扱っているような、高価そうな人形だった。
先野は写真を取り出した。
「岸浜仁左衛門という人が作ったという人形をご存知ですか?」
婦人(さしずめ人形博物館の館長だろう)に人形の写真を提示した。もしここにあるのなら話は早いが、なかったとしても、こと人形に関してはかなり詳しいだろうから、なにか知っているかもしれない。
「岸浜仁左衛門……ですか?」
「聞いたことがないですか」
はい、とうなずく婦人はどこか残念そう。知らない人形作家がいたからだろうと、先野は思う。
「でも、この人形……」
「見たことがあるんですか?」
「いいえ。でもこの写真は……」
婦人の顔が険しくなった。
「すごく邪悪な気を発していますわ」
「へぇ?」
先野はいぶかしむ。なんだかへんな方向に話が向かいそうな気配を感じて。
「人形には魂が宿ります。人の形をしているから、成仏できない浮遊霊が定着してしまうこともあるんです」
やれやれ、と先野は内心あきれる。この手の話は宗教と同じぐらい厄介だ。そうと思い込めば、もう軌道修正がきかない。死ぬまで突っ走ってしまう。ひとりでどこなと行くならまだいいが、ときに人を巻き込んでしまうのがいただけない。
婦人は話に熱が入る。
「ここにいる人形もそうです。ですから、わたしがいつもお祈りをして話しかけていますの。人形は寂しがり屋さんなんです。ですからこの写真の人形の表情から、なにを思っているかわかるんです」
早く話を打ち切って、次の聞き込みに行きたくなってきた先野である。
「この写真の人形、強い呪いがかけられているかもしれません。これをお探しなんですか?」
「まぁ、そうなんだが……」
「どういう事情かは存じませんが、近づかないに越したことはないですよ。どうしても見つけたい、とおっしゃるなら、明相寺に行かれると、なにかわかるかもしれませんね」
「明相寺……」
その場所は、昨日、古物商でも聞いた手がかりの1つだった。その古物商の店主の男は、人形のことならそこが詳しい、と言っていた。
「明相寺は、人形供養の寺として有名ですよ」
それも聞いていた。有力な情報と言えるだろう。先野は手帳にメモをとる。
「参考になりました。ありがとうございました」
「あら、もうおいとまですの? せっかくですので、お人形たちを見ていきませんこと? なにかお気に入る人形が見つかるかもしれませんわ」
先野のことを、人形好きの男だと思っているようである。
「ええ、まぁ……」
たとえ人形好きの人間であっても、この雰囲気にはたじろいでしまうのではないか──。正直、気持悪かった。
「またの機会にします」




