聞き込みは探偵の基本
三条と事務所前で別れ、先野は原付バイクにまたがる。ヘルメットをかぶりながら軽自動車で出て行く三条を見送ると、スマホに表示させた地図を今一度確認し、エンジンをかける。
純白のスーツから皮手袋にブルゾンというスタイルに代えていた。原付バイクで冬の風を切って走るのは寒さが染みるが、機動性を重視した。
ローラー作戦よろしく、しらみつぶしに古物商を当たっていった。
幸い天気はよく、二日もあれば県の東側の古物商は調べられるだろう。
先野はスマホをナビ代わりに原付バイクをとばし、次々とリストアップした古物商をまわっていった。
ある程度予想していたが、どこの店も心当たりがないという返事だった。過去においても取り扱ったこともないと、すがすがしいほどの空振りが続いた。
あの人形はもうこの世には存在しないかもしれないな、と思いながらも地道な調査を続行していると、なかにはちょっとした手がかりらしき情報を得ることもあった。
その店は、シャッター商店街のはずれに位置する、やる気の感じられない古物商店だった。薄暗い店内は、所狭しと正体不明の珍品であふれかえっていた。これで商売になるのだろうかと思う。
先野は、メガネをかけた50歳ぐらいのインチキくさい店主に、電話で問い合わせしました坂野という者ですが、と偽名を使って様子をうかがうように挨拶した。
ああ、人形のことでしたね、と店主。
「ちょっと奥で調べてたんですがね。わしもどんな物が置いてあったか忘れててね」
と、電話での曖昧な返事の言い訳をした。
「この写真の人形に、見覚えはないですか?」
店主は、ずり落ちたメガネをなおし、先野が見せる写真をしげしげと眺める。
「はあ……これは……」
「見覚えありますか?」
「いや、ないですね」
長話に付き合うつもりはなかった。調べるべき店は多い。もたもたしてはいられないのだ。だがどこに手がかりがあるかわからないので、さっさと切り上げて次へ行く、という愛想のない態度もいけない。ここらへんのさじ加減ができてこそ、コミュニケーション能力の高い探偵というものである。
「しかし、人形に詳しいコレクターなら心当たりがある」
先野はさっと手帳を取り出す。店主のうろ覚えの言葉を素早くメモし、どうもありがとうございます、と礼を言って店を出た。
県境のファミレスで早めの晩飯を食いながら、先野は手帳のメモを眺める。県の東半分の、そのまた半分ほどを調べ終えていた。夕方になり、おおかたの店は営業時間をすぎていた。これ以上の調査は無理である。
明日は、残りの半分の古物商を当たってみる予定であったが……。
「半分とはいえ、県内全域を回るとなると、時間がかかるよなぁ……」
水っぽいチキンステーキを食いながら先野は考える。昼間の聞き込みで、いくつか手がかりを得ていた。先にそこを当たってみるのもいいだろう。なにしろなんらかの関係がありそうなわけだし。
調べる場所も、人形コレクターに始まり、お寺、神社、学校など、手がかりなしでは行き着けなさそうなところだ。もしそのどこかで見つかるのなら手っ取り早い。
(一度事務所に戻り、メモを整理しよう)
三条からはなんの連絡もなかった。あちらも収穫はなかったようだ。
食事を終え、伝票をとりあげて値段を確認していると、スマホが鳴った。
原田将太からだった。
「どうした?」
メールではなく通話というのが不吉であった。とにかく通話ボタンをタップする。
「ああ、先野さん? 依頼人の線田さんがやってきて、大変なんですよぅ」
電話口で原田が泣きついてきた。ハラショーはハラショーな状況ではないようだった。
「こんな時間に?」
興信所もそろそろ本日の営業を終える時刻だ。わざわざ依頼人が訪ねてくるとは、どうしたことか──。
「先野さんを出してくれって、きかないんですよ」
(なるほど。興信所へ電話しても取り次いでくれなかったから、直接踏み込んできたわけか……)
「わかった。電話を代わろう」
先野がそう言うと、いきなりヒステリックな声が耳に飛び込んできた。
「先野さん、大変なんですよ」
しかも原田と同じセリフだ。
「どうされました?」
やれやれ、と口の中でつぶやく。
「今日、息子が仕事から帰ってくるなり、アパートを借りると言い出したんです。きっとあの女がそそのかしたに違いないですわ。これを機に結婚しようと企んでいるんだわ。先野さん、なんとかしてください!」
「こちらも調査中で、鋭意、努力はしております」
まいったな、と顔をしかめる。「息子をたぶらかす女」の身元はわかったが、事態は悠長にかまえてはいられない段階に進みつつあるようだ。早くなんとか手を打たないと、取り返しがつかなくなる──依頼者の声は切迫した響きに満ちていた。
三条に人形探しを待ってもらわないといけないだろう。
──とりあえず、なんとかしてあの女、帆園真恵子にコンタクトをとってみよう。線田英翔がどの程度、宗教(といっていいのかどうか)に傾向しているのかを探っていき、その程度に応じた対策をたてるのだ。
どんな対策が立てられるかは急には思いつかないが、今の段階では、そのあとのことはともかく、会う段取りをつけよう──そう思った。
「とにかく、まだ仕事は始まったばかりです。なにか変化がありましたら、またご連絡ください」
「おまかせして、だいじょうぶなんでしょうか」
不安な声音に、もちろんです、と胸を張って答えたいこところであったが、そんな自信はない。
「最善は尽くします」
悔しいが、そう返事するのがやっとであった。




