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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
ロミオとジュリエットと人形の話
40/231

探偵は尾行のプロたるべし

 そしてその翌日、先野は朝っぱらから調査に出かけたのである。

 日曜日。

 先野は、もう一人の社員探偵と組み、依頼者の息子、線田英翔を尾行する。午後一時半。母親はスーパーのパートに出ていて、この時間は家にはいない。二人暮らしの母子家庭で、息子が働きだしているとはいえ、高卒ではそれほど高い給料をもらっているわけではないだろうから、さほど豊かな暮らしとはいえまい。にもかかわらず興信所に依頼するなど、息子への溺愛ぶりはかなりのものだ。

 アパートのドアが開いて階段を降りてくる人影を、50メートルぐらい離れた場所から見ていた先野は、すかさずスマホでコールする。

 呼び出し音が鳴ってすぐに相手がでた。

 先野は声を低くして言った。

「やっとターゲットが動きだした。カーキ色のコートだ。抜かるな」

「はい! まかせてください」

 調子よく返事した電話の相手は、同じ興信所の若い探偵、原田将太はらだしょうたである。23歳で入社間もない。通称、ハラショー。社会経験が少ない故、多少言動に非常識なところもあったが、何年もすればまともな社会人になってくれるだろうと、周囲の態度は比較的温かかった。人手不足の折、辞められてはしまってはかなわない、という会社の事情もあるが。

 線田英翔の尾行をするハラショー。そのハラショーをさらに尾行する先野光介。

 ターゲットは尾行には気づかない。真っ直ぐ最寄り駅へと向かっているようである。

 電車に乗って、どこへ行くのだろう。もちろん、目的地には女が待っているだろう。女とどんな話がかわされるかまでは聞き取れないだろうが、粘り強く追跡して女の素性を探るのである。

 最寄り駅につくと、ちょうと快速電車が入ってきた。ダイヤを調べてから家を出たらしい。几帳面な性格である。

 原田と先野は駆け出す。乗り遅れるわけにはいかない。ドアが閉じる直前に駆け込み乗車。

 先野は息があがっていた。38歳という年齢を嫌でも思い知る。

「先輩、だいじょうぶですか?」

 一方の原田は若いせいか呼吸も乱れず、涼しい顔。忌々しく思ってしまう先野であった。

「声をかけるな。知り合いだと思われるだろうが」

 他人に聞こえないよう、先野は低く注意した。

 尾行を気づかれないようにするには、とにかく風景に溶け込むこと──。目立ってしまってはいけない。少しでも人の注意を引く行動は御法度なのだ。

 そういう基本的なことがまだよくわかっていない原田は、ちっともハラショーではない。

 幸いターゲットには気取られてはいないようである。

 先野と原田は、互いに知らん顔をしてドアの近くに立ち、電車に揺られる。

 市の中心部へと電車はひた走る。窓外を流れる町並みは、建物が込み合ってきて、戸建て住宅よりマンションが多くなってきた。背の高いビルも出現しだした。駅に停車するごとに乗客が増えていく。

 座席に座っていたターゲットが、老人に席をゆずった。できた青年である。

 やがてターミナル駅についた。乗客がどっと降りた。その人間の流れにのってターゲットも降りる。見失わないよう注意しながらあとをつけた。

 改札口を出た。

 人通りの多い駅前の、商店がひしめく一角をぬけて、迷うことなく歩くターゲット。

 デートではないのか……?

 依頼者の話だと、当然逢い引きだろうと思うのが普通だ。それ以外に考えられない。

 買い物、というのもあるが、駅からどんどん離れていき、この先になにか目的の商店があるとは思えない。それとも、知る人ぞ知る、ディープなお店がひっそりと開いてあるとか──。

 道路を行き交う人が少ない。クルマや自転車の通行量は多い。徒歩で出歩く人間は、よほど近くへ行くでもない限りいない、そういう場所に来てしまっていた。

 先野はターゲットから50メートル以上、離れて歩いていた。その横を追い越す原田。

「頼んだぞ」

 先野は追い越される瞬間に声をかけた。

 こうやって、尾行を交代することで、ターゲットの目をごまかすのである。

 先野は原田の背中を見つつ、次第に距離をあけていく。しばらくしてから、また尾行を入れ替わる予定だ。それまではじゅぶんな距離をとり、待機する。

 カーブした道路の向こうに原田が消える。

 するとスマホに電話がかかってきた。ポケットに入れていたマナーモードのスマホを取り出すと、画面には原田の文字。

 このタイミングで電話をかけてくるなんて、なにがあったというのだ?

 先野は通話ボタンをタップする。

「どうした?」

「ターゲットが建物に入りました」

「なに? 女の家か?」

 現場を押さえたも同然だ。女の家がわかれば、しめたものである。

「いや、それが……」

 が、ハラショーはなんだか歯切れが悪い。とにかく行けばわかる、と通話を切り、先野は駆ける。

 カーブをすぎると、道端にたたずむ原田が見えた。物欲しそうな目で先野が来るのをじっと見ている。

 先野は舌打ち。態度が不審者である。もっとさりげなく振る舞えないものか……。

 合流した。

「で、ターゲットはどこへ?」

 と、先野が聞く前に、原田は正面の建物を腕をあげて指差した。

 立派な建物だった。しかし豪邸というより、少し小洒落たビルといった佇まい。ラベンダー色の外壁の三階建てである。

「なんだ、ここは……?」

 さすがに声にでてしまった。一般の住宅には見えない。

 先野は慎重に近づいていった。原田がぴったりとあとにつく。

 が、10メートルほど手前で、両開きの玄関ドアに書かれてある文字に気づき、足が止まる。

『人類浄化協会』

「どうしたんですか?」

 原田が間の抜けた声で聞く。

 先野はくるりと回れ右。

「おまえはここで待て。おれだけが行ってくる」

 目を見て言い聞かすと、先野はその建物の玄関に至り、呼び鈴を押す。

「はい。どちらさまですか?」

 女性の声である。大企業の受付嬢のような人当たりのいい声だった。

「あの……お話を聞かせてください」

「どうぞお入りください」

 その声に誘われるようにドアを開けた。

 そして──。

 先野が解放されたのは、夜になってからだった。この建物に入ったはずの線田英翔とはついに会えずじまいであった。

 疲労困憊で事務所になんとか帰り着き、難しい顔で、今回の依頼案件を思っていたとき、マネージャーから三条のサブに入るように言われた──というわけだった。


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