深夜の事務所でコーヒーを
息子をかどわかす年増女は何者なの?
愛する息子を心配する母親からの依頼を受けて調査に乗り出した探偵・先野光介は、女の正体にたどり着いた。
そして、できれば別れさせてほしいとの母親の願いをかなえるのは、難しいと頭を抱える。
そんなとき、同僚の探偵、三条愛美から、人形さがしのサブに入ってほしいと頼まれる。
二つの依頼をこなすため、大忙しの先野であったが、果たして、無事に依頼は達成できるか?
「ふう……」
事務所に帰ってきた先野光介は、珍しくため息をつく。コートも脱がず自分のデスクについて、椅子の背もたれに体重を預けた。深夜の11時近かった。
そんな夜中にもかかわらず、事務所にはまだ何人かいた。
興信所「新・土井エージェント」の入る雑居ビルの一室だが、かなりの広さがあり、何十人もの所属探偵が日夜、依頼を解決すべく奔走していた。
先野光介もその一人であるが、こんな身分に納得していない。いつかは独立して個人事務所を持ち、一国一城のあるじとしてやっていきたいと夢みていた。
いや、一度は個人事務所の看板を掲げていた。しかし仕事がなく、続けられずに店じまいしたのだ。いわば夢破れてしまったのだが、その夢はまだ先野のなかで、昨夜のバーベキューで消しそこなった炭火のように往生際悪くくすぶっていた。
デジタルカメラの写真をパソコンにコピーし、手帳を開いて、調査したメモをじっくりと眺める。
──こいつは難しい案件だな。
そうつぶやいたとき、
「先野さぁん」
思いがけず声がかかった。夜中であるが、コーヒーでも飲んで気分を落ち着けようと席を立ちかけたときだった。
振り返ると、マネージャーだった。
痩せた体をくねらせて近づいてきた。コロンの香が鼻をつく。
「ああ? こんな時間になんだい? 今時分なにか話をもってくるなんざ、ブラックな会社だぜ」
「それはどうもすみません」
ちっとも悪びれるふうもなく、
「明日、三条さんの受けた案件のサブに入ってくれない?」
マネージャーはさらりと要件を述べた。
「三条さんがおれをご指名かい?」
「そんなわけないでしょ。部長さんが先野さんを指名したの」
通常ならマネージャーが各探偵の案件状況からサブに入る人員を選ぶのだが、今回は部長が指名とはどういうことやら。
「そいつは名誉なことで」
「忙しいのでしたら、ほかをあたりますが」
「三条さんのサブなら断れないぜ」
三条愛美は先野より一回りほど若いが、いくつもの案件を常に抱えていて、本人は謙遜するが、敏腕探偵候補として将来有望な社員である。
「ありがと。じゃ、明日、よろしくね」
引き受けてくれたことにマネージャーは礼を言って去っていく。
先野はしかし、いまメインで受けている案件もそう簡単ではないし、どうしたものかな、と考えた。
「だが、まぁ、なんとかなるか」
部長がわざわざ指名したのだ。ならばなんとしてでもやり遂げるしかないし、やり遂げる見込みがあるからこそ指名してきたのだろう。
「案外、楽かもしれんな……」
そんなことを思った。楽観的に考える男であった。




