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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
カネの成る木をもつ女
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マンションの一室で

 古びた五階建てのマンションの四階、403号室。「伊藤」という小さな表札がかけられていた。

 大きな窓のリビングルームは、テーブルとテレビ、パソコンデスクが隅にあるだけで、他に調度品はない。モデルルームのような生活感のなさ。

「まぁ、そこへどうぞ」

 男は先にテーブルについた。

 三条はその向かいのイスにすわる。警戒心が顔に出ないように気を引き締めた。

(なにが目的なのか、よくわからない。ほいほいとついてきてよかったのだろうか)

 そんなことを今さら思ってしまう。

「さきほど見てしまったことについては、どうか口外しないでほしいんです」

 そう言って、男は一万円札を数枚、テーブルに置いた。

 ますます怪しい。

 つまり、知られては困ることを知ってしまった──と思われているようだと三条は察した。この男の不審な行動にどんな意味があるのか、正直、まったくもってわかっていなかったのだが、ここは相手のペースに合わせたほうが安全だと考えた。

 しかし、こんな大金の提示は、それがただ事ではないと物語っていた。

(えらいことに首をつっこんでしまったかな)

 ヤバい状況だな、と思った。

 この男と蒼宮麗亜になんの関わりがあるのかまるっきり想像がつかず、三条は内心焦った。下手をすると秘密裏に消されてしまうのではないかと、背中に冷たい汗が流れる。

「あなたの立場では、そういうことなんでしょうね」

 が、三条はここで意味深なセリフを吐いた。いかにもなにか知っている、と匂わせる発言はハッタリもいいところだったが、ここは最後まで芝居を打ち続けるしかなさそうだ。

「そこまで知られていましたか──」

 男は渋い表情をつくった。

「伊藤さん、というのも、偽名なんでしょう?」

 三条は思い切ってカマをかけた。こちらが優勢であると思わせておきたかった。

 男は目を見開く。額に汗が浮き出した。

「我々の行動は地球人に極秘なので、本星の本部に知られるのは、非常にまずいんですよ」

 懇願するような態度になった。

「ぼくはもう五年以上、地球人の調査をおこなってきましたが、まだまだ理解できたとは言い難いです。最近は先輩まで赴任してきて、調査活動が強化されたほどですから」

(この男はなにを言っているのだろう?)

 三条は混乱した。あまりに現実離れした戯言たわごとにあきれたが、そのまま話を続ける。

「その先輩というのが、あの……」

「そうです。蒼宮麗亜の相手です。でも、一応、彼女への実験調査は二ヶ月の予定で終了ですので……」

 なんの話をしているのかわからず、三条は綱渡りをしている気分だった。

「地球人の女が大金を持つとどんな行動をするか、という追跡調査はまもなく終了し、先輩もぼくもまた別の調査活動に移行します。しかし──」

 と、彼は窓の外に視線を送る。日が暮れかけていた。夕日が朱く空を染め、町も人も長い影を落としている。

「今まで地球人にはバレずにきたんですが……今後百年も二百年もバレずに調査を続けるのは無理じゃないかと、正直ぼくも思うんですよ」

「二百年?」

 常識外れの時間スケールに耳を疑う。

「だってそうでしょう。異なる知的生命が接触すると、そこには必ず摩擦が発生します。それによる誤解が互いを不幸にする例は枚挙にいとまがない。それが憎悪に発展して戦争になり、ついにはいずれかが滅んでしまう。それを回避するには相手をよく理解するのが一番です。相手の言語、思想、文化、歴史から行動原理まで、あらゆることを理解してこそスムーズなコミュニケーションが成立します。それには百年も二百年も、場合によってはもっとかかるでしょう。でも、それをしないといけないのです。ただ、地球人の寿命はぼくたちの十分の一以下という短さなので、そこがなかなか難しいところです」

「本当にバレないように活動するには、このままでは確かに難しいでしょうね」

「きのう、追いかけられときは、とっさにマンホールのフタをパワーハンドで開けてなんとかしのげました。ぼくたちの技術力は地球のそれより進んでいるから、あの重たいフタを開けるなんて、どうってことないですが」

 たしかに先野から聞いたあの状況でマンホールのフタを開けるなんて簡単ではないと思うが、自称異星人のスーパーテクノロジーというには、はなはだセコい。

「でも、今日はちょっと油断してしまいました。事情はおわかりいただけたかと存じます。もしこのお金で満足いただけなければ……」

「いえ、これで取引成立としましょう」

 これ以上語られたらアタマがどうかしてしまいそうだ。妄想、というなら、蒼宮麗亜よりこっちのほうがより重傷だ。

「そうですか、ホッとしました。でも、念のためにあなたの記憶を操作します。ぼくたちのことをしゃべろうとしても、できなくなります」

「記憶を操作?」

 さらりとすごいことを言ったぞ。

「はい、思い出せなくなるんです」

「じゃあ、このお金は……?」

「迷惑料、とお考えください。では」

 男は会話を終えようとしていた。

「ちょっと待って。あなたの本当に姿は……?」

 リビングにも夕焼けが侵入してきていた。部屋の壁紙も朱く照らされて。

「ぼくの本当の姿は──」

 男の顔の輪郭がぼやける。そして、人間とかけ離れたシルエットを形成しだした。

 しかし、三条の意識はそこで途切れてしまった。

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