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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
カネの成る木をもつ女
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妄想と現実

 骨折は免れていたが、捻挫で探偵業はしばらくできなくなってしまった。

 依頼を受けてから三日目の午前、先野からそんな連絡が入った。

「困りましたね……」

 そう言う原田将太はちっとも困ったような顔ではなかった。たぶん、先輩である三条愛美がどうにかいい手を考えてくれるだろうという甘えがあったからだろう。

「とにかく、急にほかの人員を割くわけにはいかないから、当面は二人きりで乗り切りましょう」

 三条は現実的だった。

「ええー? じゃあ十二時間労働になっちゃうじゃないですかぁ」

 情けない声を出す原田。三条はため息をついた。

 探偵業ではどんなアクシデントがあるかわからないのに、パートタイマーの気分でいる原田にあきれたが、いちいち説教する気にもなれず、さっさと帰ってもらいたくなった。

 蒼宮麗亜がデートから帰ってきたのは、翌朝十時ごろだった。

 昨夜のデート中は邪魔をしないでという要望で中断していたボディガードが再開されたのは、電話をもらって三条がタワーマンションに駆けつけた昼過ぎからだった。

「ご苦労さま。また今日から頼んだわよ」

 と、先野が負傷したことを知らない麗亜は何食わぬ顔で挨拶を返してきた。

 そして、マンションに入ってからなんの動きもないまま、時間がすぎていく。

(今日はもう外出せずに、このまま夜になってしまうかな……)

 駐車場の軽自動車のシートに収まって、そんなことをつらつらと思っていると、麗亜から電話が入った。

「買い物に行きます」

 マンションの玄関から、ベージュのコートの襟をたてた麗亜が現れた。

 三条は駆け寄り、尋ねる。

「買い物は、どちらまで?」

 麗亜はジャガーのキーをあけ、店の名前をこたえた。それは三条もきいたことのある、会員制のスーパーマーケットだった。高級な食材を取り扱い、セレブマダム御用達として知られていた。会員でないと入店できず、しかも誰でも会員になれるわけではなかった。

 駐車場から出て行くジャガーを三条の運転する軽自動車が追う。

 曇り空。

 国道を走ること十分ほど。巨大な倉庫のような建物の前の駐車場に入った。繁盛しているようで、駐車場の空きスペースを探すのにやや時間を要した。

 離れた場所に駐車したクルマから三条が降りると、麗亜が歩み寄ってきた。

「いっしょにいらっしゃる? ここは会員制だけど、同伴は一人だけ認められているの」

「荷物が多くなりそうならお供しますが」

「あら、カートが大きいからお気になさらず。いくら雇った探偵でも、女の人に荷物運びなんかさせないわ」

「いくらストーカーでも、会員制の高級スーパーにまでは入ってこないでしょう」

 三条の意見に、そうよねぇ、とうなずく麗亜。

「わたしは駐車場で見張っていますので、じっくりと買い物をしてきてくださいな」

「じゃあ、そうさせてもらうわ」

 麗亜が店内へと向かう。

 三条は、道路からスーパーの駐車場へと入る出入り口に視線を向ける。客のフリをして近づくストーカーらしき不審者が現れないか目を光らせるのだ。

 先野が言うように、ストーカーの存在が依頼者の妄想であるかもしれないと、三条も思わないでもなかった。だが、なんらかの気配がするのも確かなのだ。三条も感じた。

 そして、先野の怪我──。走り去る人影を追いかけてマンホールに落ちるなんて昭和のマンガみたいな展開がそうそう起こるだろうか。偶然にしては出来過ぎていると思うのは考えすぎ?

 そこにはなにかしらの作為があるような気がするのだった。

 でも、その正体がはっきりしない。

 ストーカーなら、もっと実体を持った存在として近づくのが多い。自分の存在や気持ち、思いの強さをわかってほしくて強烈にアピールする。ここまで姿を見せずにいるなんて、まるで──。

 三条は浮かんできた考えに苦笑する。

 まるで、身辺調査をする探偵ではないか──。

 しかし、そう考えると、ストンと腑に落ちてしまう。

 誰かが探偵を雇って麗亜を調べている……。むろん理由はわからない。

 だがもしそうだとすると厄介だ。

 その探偵との接触ができたとしても、誰が麗亜のことを調べているのかまではつきとめられないだろう。守秘義務を盾に口を割らない。

「?」

 ふと、麗亜のジャガーに視線を向けたとき、小さなものが空中を飛んでいるのが目に入った。虫かと思ったが、この寒い時期に虫が飛ぶわけはない。

 気にするほどのことでもなかったが、三条は軽自動車を降りると、それがなにか確かめてみる気になった。どんな小さなことでも確認するのが探偵というものだ。

 小さな、カブトムシほどの黒い物体は、麗亜のジャガーの周囲を巡ると、三条の見ている前でリアウインドーに取りついた。

 三条はもっと近寄り、のぞき込むように目を近づける。

 虫のように脚はなく、黒い表面には金属光沢があり、明らかに人工物だ。よく見ると、その物体から細い糸のようなものが駐車場の外へと伸びている。

 なんだろう……。

 おそるおそる手を伸ばす。

 冷たい感触。指でつまみ取り上げると、三条は糸を伝って歩き出した。

 駐車場を出て、歩道を進む。50メートル、100メートル……。

 路地に入った。ビルとビルの間の、裏口へ回るための細い通路に、一人の男が背中を見せてしゃがみこんでいた。

 なにかの機械を操作しているのか、それに気をとられていて、三条がすぐ背後にいるのも気づかない。

 糸は、その機械へとつながっているようである。機械にはノートパソコンのような表示画面があり、ジョグダイヤルとジョイスティックがまるでテレビゲーム機のように見えた。

 ふいに機械を操作する男の手が止まった。熟考するように、なんの意味があるかわからぬ幾何学模様を表示する画面を見つめる。

 そのタイミングで、三条は声をかけた。

「あの……なにをされてるんですか?」

 男は飛び上がった。

「★#§∧&Å∞∬@!」

 言語化できない叫び声をあげ、腰を抜かして這いながら逃げようとする。まるで鬼か悪魔にでも遭遇したかのような、大げさな狼狽ぶりだった。

「あ、待ってください」

 可哀想なほどあわてまくる男が気の毒で、三条はなんだか悪いことをしているような気分である。しかし、しっかり事情を聞くために、立ち上がろうとしてひっくり返る男に追いついた。

「これ、忘れてますよ」

 置き去りにされた機械を携えて言うと、

「わー、ゴメンナサイゴメンナサイ!」

 男は地面に頭をつけるのだった。

 機械の表示画面には、どの国の言葉なのか、見たこともない文字が並んでいた。


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