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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
カネの成る木をもつ女
33/231

現れるか、ストーカー

 夜十時近く──。

 蒼宮麗亜のマンションの外で見張ること六時間。一度、七時ごろに、誰かの気配を感じる、と電話があったので、急いで部屋に駆けつけるも、それらしい人物は発見できなかった、ということがあったが、それ以外は何事もなかった。

 マンションの駐車場に原田が現れた。

「遅刻だぞ」

 先野光介は運転席のドアを開け、呆れた口調で言った。

「どうも、すみません」

 交代時間がすぎてから何度も電話で来るように言ってからやっと来たにもかかわらず、原田はちっともすまなさそうな顔ではない。

 原田将太はらだ しょうた。年齢二十三。通称、ハラショー。だが探偵としての腕は「良し《ハラショー》」ではない、と先野はみていた。探偵業に向いてないのではないかと思っていた。探偵とは信念がなければできない職業だと先野は信じる。なんとなくやっている、という感覚では依頼者の要望を的確にとらえられない。調査のノウハウを習得すれば、たしかに仕事はできるかもしれないが、それだけでは足りない──そんな信条を先野は持っていた。

「時間は守れ。じゃあ、おれは帰るからな。あとはまかせる」

「ストーカーは現れましたか?」

「いや、電話でも話したとおり、全然いなかった。だがストーカーが活動するのは夜が多い。夜通しの見張り、頼んだぞ」

「はいはい」

 原田は先野と入れ替わりに軽自動車の運転席に収まった。

「くれぐれも、眠るなよ」

「わかってますって」

 返事が軽かった。

 多少の心配もあったが、先野としてもずっとついているわけにはいかず、原田を残してその場を去った。最後にマンションを見上げる。夜の闇にたたずむ三十階建てのタワーマンションの十二階に麗亜は住んでいるが、どこが十二階なのかわかりにくい。

 明け方の八時まで原田が見張り、そのあとは三条が引き継ぐはずだった。



 翌日、先野は昼前に事務所に出勤した。

 昨日はろくすっぽ食事をしていなかったため、夜中に大飯を食らい、朝は遅くまで眠ってしまっていた。だが、三条の後を引き継がなくてはならず、いつまでもベッドにもぐりこんでいるわけにもいかなかった。

 先野は事務所で原田のメールを読む。簡素に「特になにもなかった」とあり、そうだったろうな、と昨晩の張り込みを想像しながらも、真面目に仕事をするように念を押したことが少し気まずかった。が、二十三歳の若造に対して、仕事の心構えをきっちり教えておくのも年長者の務めだと思い直し、とはいえ当たり前すぎることをわざわざ言うのも大人げないような気もした。

 今ごろ原田と交代した三条は、依頼者のエステに同行しているのだろうか……。

 顔や体にペースト状のなにかを塗られているすがたを想像した。今ひとつ先野のイメージは貧困だった。

 腕時計を見る。交代の時間まであと数時間、三条はなにを見てくるだろう?

 ともかく、ここ数日はこの依頼につきっきりなのだ、しっかり準備をしてボディガードを務めよう。

 三条からメールが来た。

 午後からエステ、そのあとはデートの予定だそうである。

「忙しい女だな……」

 先野はつぶやいた。

 この女はなんの仕事をしているのだろう? 働いているという、疲れた雰囲気はまったくない。無職?

 だが、あきらかに平均以上の生活をしている──。

(つまり、男に貢がせてばかりの、いわゆる職業・愛人というやつか)

 しかし、と先野は思う。ずっと愛人関係が続くわけではないだろう。いつかは羽振りのいい男との別れがくる。それとも、男は一人だけではないのか──。

 ありそうなことだと先野は想像した。何人もの男をたぶらかせ、他に男がいるとは気づかれないよう立ち回り、あわれな男は貢がされ続けて骨までしゃぶつくされる。

 魔性の女だな──。

 男を惹きつけてやまない魅力が、蒼宮麗亜にはあるのだ。

 たしかに目立つオーラは先野も感じた。

 ストーカーがいる、というのも、気のせいではないかもしれない。

 財産をすべて差し出した末に捨てられた男が、未練を断ち切れずにヨリを戻そうと、その機会をうかがっているものの近づけない。もしそんな男が複数いて、入れ替わり立ち替わり彼女の近辺に現れていたとなると、誰ともわからないストーカーというのができあがる。考えられないこともなかった。

 罪な女だな。

 そこまで考えを推し進めて、先野はイスから立ち上がる。

 そろそろ交代のために事務所から出かけなくてはならない。

 いつかストーカー殺人に発展しなければいいが……。

 上下白のスーツから着替えるべく、まずは更衣室に向かった。事務所ではブレない先野だった。



 エステティックサロンの前で三条愛美と落ち合った。

「ストーカーはいたかい?」

 先野は問う。

 商業ビルの三階。ほかに歯医者や耳鼻科や美容室や消費者金融などが入っている、必要以上に明るいフロアは、商店や飲食店が並ぶ一、二階と違って閑散としていた。

「それらしき人物は見つけられませんでした」

「そうか……」

 過去の男たちが恋慕を断ち切れずに接近してきた可能性を考えていた先野は、読みが外れたかな、とも思う。

「ただ……」

 三条は、珍しくためらいがちに言った。

「依頼者は誰かの気配を感じてたと言っていました」

「だからそれは妄想だろう」

 最初に思ったことがやはり正しかったのかもしれない。自意識過剰な依頼者の被害妄想。

「でも……わたしも感じたんです」

「だが姿は見えなかったんだろ?」

 三条は、はい、とうなずく。

「依頼者の感覚がうつったか?」

 冗談のつもりで言ったのだが、三条がまだ奥歯にものがはさまったような表情をしているのを見て、先野は静かに笑った。

「気配はあくまで気配だ。脳が作り出した幻にすぎん。大事なのは客観的視点と物的証拠だ。嫌な予感を無視しろとは言わんが、気にしすぎるのも判断を狂わせるぞ」

 はい、そうですね、と素直にうなずく三条。

「依頼者はもうすぐ出てくるのか?」

 先野は業務に戻った。磨りガラスのドアを一瞥する。エステティックサロンの落ち着いた店構え。黄緑とオレンジ色のデカールがガラスに貼られ、店内からの照明があかあかと照らす。

「はい、あと十分ほどで」

「では、彼女が出てきたら引き継ぎを伝えて、三条は帰って休んでくれ」

「はい」

 それから九分が経過し、蒼宮麗亜がエステティックサロンから出てきた。エステで磨かれた彼女はさらに美貌の度合いをアップさせていた。今夜はデートだという。

 愛人にとって資金源を確保するための、これが仕事だといえるだろう。生活がかかっているわけだから気合いが入るのも当然か──。

 一分の隙もない出で立ちに、先野はそう思った。そして、三条からボディガードを引き継いだことを伝える。

「今夜はカレがいっしょだから、ボディガードは不要よ」

 しかし麗亜は口をとがらせた。デートにまでついてくるな、というわけである。

「そうはいきません。そういう契約ですから」

「依頼者のわたしが不要だと言っているのよ」

「もちろん、邪魔はいたしませんとも」

「当たり前です!」

 嫌みな言い方になってしまったようで、麗亜は噛みついてきた。

 先野は小さくため息をつく。

「わかりました。では、ストーカー探索はデートの時間になるまでにいたしましょう」

「……わかったわ。でもそこまでよ。カレが来たら帰ってちょうだい」

「承知しました」


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