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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
エアな奈々子
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探偵はデートを尾行する

 先野は街へと出て行った。

 身元調査はよくある依頼だった。

 ただ、兄が弟の交際相手を心配する例というのは珍しかった。興信所へ調査してもらうとなるとそれなりに費用が発生する。それを払ってもなお知る必要があるというのは余程のことだ。暮らしに余裕があるというのも、あるだろうが、それはそうと──。

 先野はとりわけ、依頼者が出したプリクラ写真に注目した。そこには一人でにこやかに微笑む男の顔が映っていた。依頼者の弟の所田明二ところだあきじである。

 普通、男が一人でプリクラ写真を撮ることはない。しかも左側によっていて、右には空間があるのである。それはまるで隣に透明人間がいるかのよう。それだけではなく、フレームにハートマークがデコレーションしてあり、どう考えてもカップルで写っている様相なのである。本来写っているべきはずの女――奈々子というこの男の交際相手はいったいどんな女なのか、仕事抜きで興味がわいてきた。

「先野さん、だめですよ、あまり無茶をしては」

 もう一人の探偵・三条愛美さんじょうまなみが、尾行を前に先野の意気込みを察してか釘を刺してきた。二十代後半で、優秀な探偵だった。先野とコンビを組むことがしばしばあり、以前、ヤクザの絡む案件があり、ピンチに陥ったことが三条の頭にあるのだろう。

「だいじょうぶだ。今回はそんな危ない目に遭うことはないだろう」

 あのときは危うかった。下手をすればコンクリート詰めにされてしまうところだった。それを指摘されると気まずい先野であったが、しかし今回はそんな心配は不要だ。奈々子が美人局つつもたせで、背後にヤクザや外国マフィアが存在している、という可能性はなさそうに思える。

 尾行は一人では行わない。一人の人間がいつまでも追っていっては怪しまれてしまう。そこで複数の人間を使ってマークするのである。今回は先野と三条の二人だ。三条は他にいくつかの案件を同時に抱えており、この一件にだけ専念できず、ゆえに当案件では先野の補佐サブである。

 日曜日――。

 写真を手に、二人はターゲットの住むアパートの見える位置でじっと待った。兄からの情報だと、今日が奈々子とのデートなのだそうである。

 依頼者である兄が事前に聞いた情報によると、今日は午前十時に外出の予定らしい。そろそろ十時になろうとしている。

 通行人に不審がられないよう立ち話をしているフリをしながら目を凝らして見ていると、アパートのドアが開いた。出てきた男は、間違いなく依頼者の弟――所田明二だ。

 先野と三条はお互いに合図もなく、さりげなく張り込み場所から離れる。そして別々の方向に歩き出した。

 先野は五十メートルほど距離をとってターゲットを追う。今日は事務所にいるようなスタイルではなく地味な服装だった。カジュアルな中年オヤジを演じている。いくら気に入っていても白一色のあの格好では二百メートル先からでも目立ってしまうのがわからないほど分別なしではなかった。

 一方、こちらも目立たない薄い色のコートを着ている三条は、先野とはまったく違う方向へ行く。二人して歩いていては怪しまれてしまうからである。やがて方向転換し、先野の三十メートル後方を歩く。

 先野は肩からかけた鞄の中に隠したビデオカメラの動作をさりげなく確認した。鞄にあけた小さな穴からターゲットをずっと撮影し続けるのである。いつどこで誰に会うかわからない。とっさに証拠を撮れないでは、仕事にならない。

 地元の人が利用する人通りの多い十二月の商店街を通り、所田明二は最寄り駅についた。

 大きな駅ではない。昭和時代に建てられた古びた木造駅舎がいい味を出していて、自動改札機が目をむいたかのように真新しかった。

 ターゲットがICカードで自動改札機を通った。先野、三条とも、あらかじめ用意しておいたICカードであとに続く。ホームに上がっても、三条は先野に近づくことなく、それどころか先野を見もしない。無関係を装い、一般の利用客にまぎれる。

 ホームには電車を待つ乗客が二十人ほどいた。日曜日ということもあって、いろんな年齢の人がいる。母親に連れられた子供はお菓子を食べ、老人のグループはベンチにすわり、大学生らしき若者はスマホをいじっている。そのなかに明二は混じって所在なげに立っている。

 ほどなくして風を伴って電車が入ってきた。ステンレス外装の六両編成の電車が止まってドアが開くと、電車内とホームにいる人々が入れ替わる。探偵たちも所田明二とともに乗った。

 電車は七分ほどの込み具合。ドアのそばに立っているターゲットからやや距離をとり、つり革に捕まりながら車内広告を読むフリをして様子をうかがう二人の探偵。

 窓外を流れる街路樹はすっかり葉も落ちて寂しげだ。静かな車内に放送が入る。

 次に停まった駅で所田明二は電車を降りた。この駅は別の路線とつながっており、都心へと続いていた。おそらく電車を乗り換えるのだろうという予想どおりの行動だった。

 尾行の前にある程度ターゲットの行動は予想していた。クルマで移動するのか電車で移動するのかによって、尾行する探偵もそれに適した用意が必要となるからだ。

 都心の繁華街へ向かう電車に乗ろうとする大勢の乗降客に隠れて見失わないよう、先野と三条は気をつけながら後を追って、別のホームへと移動する。

 すでにホームにやって来ていた快速電車に飛び乗ると、背後でドアが閉じた。

 快速電車はいくつもの駅を通過、次に止まった駅で所田明二は下車した。いくつもの路線が接続するターミナル駅だけあって、乗客が一団となって電車を降りていく。ホームを降りる階段に大勢の人の靴音が響いた。

 自動改札を抜けて駅の外へ出ると、人通りの激しい街頭を迷うことなく一直線に歩いてゆくターゲット。

 ここまで尾行にまったく気づいた様子がない。後ろを振り返ろうともしない。

 ――どんな相手だろう。

 先野は想像をふくらませた。普通の女ではないだろうと思った。根拠はない、探偵としてのカンだった。明二にあのような振舞いをさせてしまう女。どんな秘密があるのか。

 自分の正体を隠したい理由というのは、かなり特殊な立場だろう……。もしや私立探偵?


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