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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
キツネの嫁入り
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報告は未達成ながら

「まことに残念ながら、コンタクトには至りませんでした」

 報告書のファイルを閉じ、依頼者の番藤に説明を終えた先野光介は、テーブルに額がつくほど頭を下げた。そんな態度でも、純白のスーツは着ていた。ぶれなかった。

 依頼を受けてから一週間がすぎていた。

 それぞれ京都と山形から帰った先野と三条は、その後も近辺を駆けずり回って情報を探し求めたが、サオリの消息は杳として知れなかった。蒸発した、という言葉があるが、まさしく水蒸気となって消えてしまったかのようだった。

 いくらか手がかりを残しながら、ここまで徹底して足跡をたどれない、というのは稀有な案件だった。

 悔しい気持ちは三条愛美も先野と同様だ。

「追加料金をお支払いくだされば、引き続き調査を続行しますが、いかがなさいます? 調査を打ち切りますか?」

 ほとんどの客はここであきらめた。プロの探偵でさえ行方がつかめなかったのだ。このうえいくら時間をかけても結果はかわるまい、と思うのだ。

「サオリとは、きっと縁がなかったんでしょう」

 テーブルの真向かいにすわる番藤は明るい顔を見せた。

 先野にはそれが不可解だった。一週間前、番藤がここにやってきたときは、悲壮感がオーラとなって周囲の空間まで汚染していたのに、この変わりようはなんだろう。

「未練は、もうないと……?」

 先野はうかがう。

 実は……と、照れくさそうに番藤は指先で頬をかく。

「一週間前、ちょうど、こちらからの帰りのことだったんですが、高校時代の同級生に偶然、鉢合わせまして。興信所に依頼したことで気も楽になっていたことで――」

 要するに、新しい彼女ができそうな気配、というか、そういういい雰囲気になりつつあるのだった。

「今、思えば、サオリとの暮らしがあったからこそ、ぼくは恋人かのじょをつくる気になれたのかもしれないです」

 先野は呆れた。なんとおめでたい野郎だと、頬杖をついてそっぽを向きたくなってしまう。

「わかりました」

 と、三条はうなずく。

「では調査打ち切りでよろしいですね」

 そして、茶封筒を差し出す。

「これは依頼料の返金です。お納めください」

 依頼案件の成果がなされないときは実費を引いて返金する決まりになっていた。そんなシステムだからこそ、依頼者は安心して依頼してくれるのだ。

「いえ、そちらも調査に費用がかかったでしょうから、これは支払います」

「そういうわけには参りません。社内規定により決められておりますから」

 三条は微笑する。

「彼女さんのために使ってください。お食事にでもお誘いするといいですよ」

「そうですか……なら」

 番藤は茶封筒を受け取り、報告書を持って事務所を辞した。

「実直な青年ですね」

 三条はそう評した。今度は公園で雨にぬれぼそった子猫を拾ってくるかもしれない。

「まったくだ。良い行いをすれば必ず良いことがあると信じているような」

 先野は肯定するも、だが、と言い添える。

「新しい彼女ができても、また捨てられるかもな。世の中の現実はむごいほど厳しい。まっすぐすぎるのも危なっかしい」

「先野さんがそう思うのもしかたないですよね。京都で置き忘れたお土産、結局戻ってきませんでしたし」

「それを言うなよ」

 先野は渋面をつくった。あれは大失敗だった。京都駅で新幹線に乗ってから気がついた。いったいどこで置き忘れてしまったやら思い出せない。

 三条は三条で、きっちり山形銘菓「さくらんぼゼリー」を買ってきていたから、余計決まりが悪かった。

「でもこれでサオリさんが戻ってきたら、厄介ですね」

 三条は話を戻した。

「まぁ、それはないだろう」

 先野はこたえた。番藤のアパートで調べたときの結論は揺るがなかった。番藤は愛想をつかされたんだ、と思った。たぶん、番藤に出会ったときと同様の手口で、今ごろ新しい男の家に転がり込んでいるのだろうと想像した。

 一方の三条は思い返す。

 キツネの妖力が回復したなら、戻ってくるだろうか――?

 山形で出会った老婦人の言葉を鵜呑みにするわけではないが、空想するのはそれとは別に楽しかった。

「さ、次の依頼に向けて、待機だ」

 気を取り直すよう先野がそう言うと、

「わたしはこれから別の案件の調査に出かけますので、ここで失礼します」

 あっさり言いのけた。

「あ、そ……」

 先野は鼻白んだ。

「ま、いい。おれが出るまでもない案件ばかりなんだろう。だが、つぎは完遂してみせるさ」

「そうですね、期待してます」

 形だけの言葉をかけてデスクに戻ると、三条は次の案件に向けて気持ちを切り替える。



【キツネの嫁入り】(了)

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