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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
キツネの嫁入り
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人が住んでいない山あいに

 山形新幹線「つばさ」に乗って、終点の新庄駅までやって来たが、ここから先が遠い。

 三条愛美は、西出口から駅舎を出て、三角錐のモニュメントを左手に幹線道路まで歩く。電信柱もなく、すっきりとしていたが、あとひと月半もすれば、積もった大雪で景色も変わるのだろう。

 あらかじめ予約していたレンタカー店で軽自動車を借りる。六時間では足りないかもしれないからと、十二時間借りることにした。

 宮城、岩手の県境に近い山奥へとクルマを飛ばした。国道から離れて、山の奥へ奥へ。カーナビがなければ、たどり着けない山の中の過疎集落を目指す。

 道路の左右には延々と森林が続く。それも植林された杉ではなく、ブナなどの自然木だ。ほとんど原生林。まだらに紅葉して、森が燃えているかのよう。

 すれ違うクルマも滅多にない、鹿でも横切りそうな道路はうねうね曲がりくねって高低差があり、スピードも出せない。

 日本はこんなにも広いのかと思うほど走って、やがてたどりついた、ある山の中……。

「ほんとにここなの……?」

 道端でクルマを止めると、三条は一度ドアを開けて降りてみた。

 新庄駅前から運転しておよそ二時間半、見下ろす谷間には何軒かの家が点在していた。田畑には雑草が生え、明らかに人の手が入っていない。紅葉も終わり、葉の散った樹木がいっそう寂しげであった。

 過疎、というより、限界集落だった。見えている家々も、おそらく空き家が多いだろう。

 番藤から聞いた和井村・奥山地区。それがここだった。

「…………」

 秋風が吹き抜けていき、丈高く茂った草が揺れる。

 だれかになにかを尋ねようとしても、果たしてかなうのか?

 三条は、ここに来たのは失敗だったか、と早くも後悔しかけていた。こんなところにサオリがいるとは思えなかった。

 でも――。

 こんな遠くまで来たのだから、一応聞き込みだけはしよう、と決心した。

 クルマで村の中へと入っていく。徐行しながら空き家とおぼしき家屋はパスしていったが、見る家見る家、そんな人の住む気配のない家ばかりだった。天井の崩れた家、窓ガラスが割れている家、玄関の周りにまで草に覆われている家……。この村にはもう人は住んでいないのではないか、とっくに廃村になっているのではないか、と心配になってきた。

 人間より、クマにでも出会いそうだった。

 少しマシな家屋があったので、クルマを停止させた。それでもボロ屋には違いなく、築五十年ぐらいはたっていそうだった。庭に花をつけた草が生えていたが、住人が植えたのではなく、勝手に生えたような無秩序さである。

「ごめんくださーい」

 呼び鈴がどこにあるのかわからない純日本家屋の玄関に向かって、三条は呼びかけてみた。

 しばし待つ――が、反応がない。

 留守……というより、だれも住んでいない?

 あきらめてきびすを返し、クルマに戻ろうとしたとき、道路を歩く人を発見した。

 ヨタヨタと歩く高齢の婦人だった。畑仕事にでも行くのだろうか、小さな体に持て余すような柄の長い鍬を肩に担いでいた。

「そこにゃ、だれも住んどらんよ」

 三条が声をかける前に話しかけてきた。見知らぬ人に警戒するような態度が声に出ていた。

「すみません、ちょっとお尋ねしたいことがありまして」

 三条は、老婦人に駆け寄った。

「実は、人を探しているんです」



 この村に、サオリさんというかたはいらっしゃいますか――?

 そう質問すると、老婦人は、

「へぇ、それはそれは……」

 驚いた様子だった。

「ちょびっとこっちさ、どうぞ」

 態度が軟化して、三条はどういうことなのだろうかと訝る。

 サオリさんは、この村にとっては特別な存在なのだろうか……? それとも、この人が母親? いや、祖母?

 三条はクルマをおいて、老婦人のあとについて歩く。三〇〇メートルほど進むと、やっととなりの住宅にたどり着いた。

 この家も、さっきの家と似たような造りだった。正面右側に玄関があり、左側の大きな開口部は廊下に面して障子の向こうに和室が広がる。軒先から柿がぶら下がっていた。

 その廊下にちょこんとすわって待っていると、老婦人がお茶を持ってきてくれた。

 老婦人は廊下に正座すると、

「どこでサオリさんば、知ったんだべ?」

 ズバリと聞いてきた。

 情報が欲しいのはこっちだったが、三条はことのあらましを話すほかなかった。そんな雰囲気だった。手の内を見せて信用を得ないことには、先へは進めそうにない気がした。

 もちろん、依頼者と依頼内容についての守秘義務があるから、すべてを洗いざらい話してしまうわけにはいかない。そこは適当にぼかすつもりだった。

 三条は話し終えると、出されたお茶を一気に飲み干した。話が長かったわけでもないのに口の中がカラカラだった。緊張していたのかもしれなかった。お茶には味がなく、水でも飲んでいるようだったが気にならなかった。

「ていうことは、あんたはサオリさんにゃ、会ったことさないんだべ」

 三条の話を最後まで口をはさむことなく聞いていた老婦人は、慎重な口調でそう確認してきた。

「はい……」

 三条はうなずく。

 老婦人の態度から、どうも「サオリ」はただの娘ではない気がしてきた。たしかに彼女の行動は〝変わってる〟かもしれないが、それだけではない、いや、もっと根本的に普通の人とはちがう性質をもっているような……。

「このへんの山にゃ、むかしからキツネさ、おってな」

 老婦人は話し始めた。

 三条は居住まいをただし、老婦人を注視する。壁にかかっていた年代物の柱時計が、ぼーん、と鳴った。


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