秋の京都を探偵が行く
秋の深まる十一月の京都は、観光シーズン真っ只中である。一年で一番の書き入れ時、といってもいい。
目にも鮮やかな紅葉が、京都に点在する寺院に映えて、一幅の絵画のように見る者を感動させる。
新幹線から降り立って、古都に似つかわしくない近代的な京都駅ビル構内で迷ったすえになんとか地下鉄にたどりついた先野光介は、有名観光地には行かない。
サオリはここに観光に来ているわけではないのだ。暮らす、となれば働かなくてはならず、こんな大都会で一人暮らしを支えられるほどの収入を得ようとすれば、コンビニバイトなんかでは到底無理だ。
もっと手っ取り早く稼げるところ、といえば、繁華街のスナックとかだろう。
そう考えて、地下鉄で四条烏丸まで移動して河原町へやってきた。
京都随一の繁華街だ。阪急電車の終点で、鴨川を渡った向こう側には京阪電車の祇園四条駅がある。
真夏の祇園祭では、壮麗な山鉾巡行がおこなわれる、テレビでもお馴染みの界隈だ。
先野はそこから路地に入った。古くからの独特な格式のある祇園とは違うモダンな一画は、一見さんでもビビらず入れる界隈だ。
クルマも通れそうにないほどの道幅の路地が入り組み、古都の雰囲気を壊さない控えめな看板をかかげた控えめなスナックビルの前で、開店前の掃除をしている女がいた。
午後五時――もうそんな時間になっていた。
先野はビジネススーツを着ていた。聞き込みが主な仕事となると、相手に怪しまれないようなきちっとした服装が欠かせなかった。色も、事務所にいるときのような目の覚めるような純白ではなく、落ち着いた黒系である。
先野は写真を見せて尋ねたが、知らないという、返事だった。
「刑事さんですか?」
と、女が不審な表情で訊く。
「いえ、身内の者です」
探偵の仕事は地道な作業の繰り返しだ。その積み重ねの先に成果はある。
何度か聞き込みをしたぐらいでは有用な情報は得られない。それが普通だ。常識的に考えて。
あちこちで尋ねながらスナック街を歩きまわっていた道の先に、酒屋があった。今どき珍しい、むかしながらの酒屋だった。日に焼けた看板が、営業している年月の長さを物語っていた。
酒だけ売っていて店を維持できるのも、義理にあつい場所柄だからこそなのだろう。
しめたぞ、と思った。
近所の不特定多数が利用する酒屋の店員なら、サオリを知っている可能性があるかもしれない。
ガラス戸の前に立っても開かないので、自動ドアじゃないのか、と手であけた。
「いらっしゃいませ……」
レジの奥で顔を上げた青いエプロンの若い店員が先野を見て、「見かけない顔だな」といった感じの表情を見せた。
さして広くもない店内には、老舗酒蔵の高級酒のビンが並んでいるが、スナックやクラブが近所に多いということもあってか、ウイスキーやワインもやたらと品揃えがいい。先野がおそらく一生涯飲むことがなさそうな高級品のボトルが所狭しと置かれ、圧倒されてしまいそうだった。
先客がひとり、品のいい和服を着た年配の女がビンを手に取り品定めしている。スナックのママだろうか。
先野は若い店員の前におもむろに歩み寄ると、スーツの内ポケットから写真を取り出し、
「すみません、ここらでこの人を見かけませんでしたか?」
店員は写真をのぞきこみ、首をかしげた。そして、
「おやじさんなら、知っているかも……」
そうつぶやくように言った。
どうやら店には年配のオーナーがいて、彼なら顔も広いから、という意味なのだろう。
ところがそこへ、和服の先客がさりげない動作でやってきて、
「この人やったら、先日にウチに面接に来はりましたわ」
と、滑舌のよい声で言うではないか。
「いつですか?」
先野は、内心躍りあがりたい気持ちを抑え、落ち着いた口調で聞いた。
「十日ほど以前でしたやろか」
「で、面接されて、彼女はいまそちらに?」
このスナックのママが仕切る店で働いているとなれば、もうこの案件は完遂も同じだ。山形くんだりまで出かけていった三条は無駄足だった。後で、ご苦労だったとねぎらいの言葉でもかけてやるか――などと、勝負に勝ったような気になった。
が――、そう甘くはなかった。
「いいえ。身元もようわからしまへんでしたし、いまは、ほら、役所もうるさいですやろ? むかしと違うて、訳ありの人を簡単に採用するわけにはできしまへんねん」
「そう、ですか……」
先野はがっかりした。同情を引くような落ち込みぶりは、半分は演技だった。
「どこへ行くとか、言ってませんでした?」
せっかく捕らえかけたターゲットの尻尾。なんとか手がかりをつかみたかった。
「いまはずうっと伏見稲荷神社にいてるって、へんなこと言うてはったわ」
ずっと……神社に……?
そういえば番藤との出合いも、公園にずっとたたずんでいて……だった。
今度もまた、だれか親切でお人好しの男にでも拾われようとしているのだろうか?
サオリが番藤のもとを去った理由は、今のところ、彼女の残した所持品を検分してもまったく不明ではあったが、あるいはたいした理由などないのかもしれない。
サオリにとって番藤は、ただの行きずりの男にすぎず、一時の止まり木のようにしか思っていなかったのかもしれなかった。というか、思い詰めている番藤には悪いが、伏見稲荷にいると聞いて、その可能性が高いと先野は踏んだ。
写真で見るサオリはそこそこの美人であったし、そのうえ若いとなれば、近づく男に不自由はしなさそうだ。
となると……。
先野は内心、渋面をつくる。
サオリを見つけたところで、いまさら番藤とヨリを戻すよう説得するのは難しいかもしれない。せっかく京都まで来て、番藤のところに戻るというなら、それなりの強い理由が必要だ。それがあるかといわれたら、こたえに窮するしかない。
残念ながら男としてそれほど魅力的とは見えなかった依頼者・番藤が哀れであった。
「どうもありがとうございました」
先野は礼を言い、ついでにウイスキーの小瓶をひとつ買うと酒屋を出た。もう外はすっかり暗くなっていた。夜の街が目覚めている。
明日の朝、とりあえず伏見稲荷神社に行ってみよう。ともかく、見つければ、それで仕事は完了なのだから。




