表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
キツネの嫁入り
22/231

依頼者は過去を語る

 パーテーションで区切られた面談コーナーで、不安そうな面もちで待つ男の前に現れたのは、白の上下のスーツに白のソフト帽、紫のシャツに紅いネクタイを締めた、なんのコスプレかと見紛うような服装の中年男――先野光介だった。

「お待たせしました」

「あ……はい……」

 明らかにギョッとした依頼者だったが、先野はまったく意に介さず、なにごともないかのようにテーブルを挟んだ向かい側のイスにおもむろに腰を下ろした。

 はあ、と小さくため息をついて、先野の後から面談コーナーに入ってきたのは三条愛美である。マネージャーに期待していたんだけどな、と三条は、先野とペアを組まされることが多いような気がするのだった。それがどうか気のせいであることを祈った。

 二人して依頼者の前にすわり、自己紹介する。

「先野といいます。探偵をやっております」

 わざわざ言わなくても探偵だとわかっているのに、我がスタイルを貫く先野。白で統一した衣装も、他人にはわからぬ彼のこだわりだった。

「三条と申します。本日はよろしくお願いします」

 ちなみに三条は紺のスーツ。アクセサリーの類は、リボンさえつけていない。

 名刺を差し出し、丁寧にお辞儀。

「どうも……こちらこそ。番藤ばんどうといいます」

 依頼者の番藤は、緊張した声音で挨拶した。三十歳ぐらいだろうか、若さの残る顔立ちに、翳りが見えた。よほどのことがあったようである。探偵に依頼する人間はそういう雰囲気を持っていることが多い。どうしても自分では解決できない問題を抱えて、疲れ切った末にやってくるからだ。

「では、さっそく依頼内容をお聞きしましょう」

 先野は分厚いシステム手帳を取り出しペンを取り、やや前傾姿勢で依頼者を見る。

 一方、三条はテーブルに置いたスマホの録音アプリを作動させた。

 話さなければならない状況を前に、依頼者は覚悟を決めたようだった。

「はい……じつは、つきあっていた彼女がいたんですが、ある日、いなくなってしまって――」

 さらさらとペンを走らせる先野。

「彼女が浮気をするなんて考えられない。だからなにがなんやら、さっぱり理由がわからなくて」

「落ち着いてください」

 頭が混乱している様子を感じて、三条が声をかけた。

「番藤さんの彼女さんとは、どういった出会いがあったんですか」

「はい……。彼女との出会いはちょっと変わってまして──」

 依頼者が断片的に語ったことをまとめると、こうだった。

 今から半年ほど前のことだった。外回りの営業マンである番藤は、営業管轄地域内にある市民公園でひと休みしていた。不景気のおり、なかなか契約がとれず成績がふるわなかった。それでもせっかくここまでこの会社でがんばってきたのだからと、リフレッシュして励もうと思ってベンチにすわり缶コーヒーを飲んでいた。

 桜が咲くまでもう少しといった時期だった。枝に膨らんだつぼみが色づいているのがわかって、春が待ち遠しい気持ちになった。

 そうやって視線を巡らせていると、離れたところのベンチにひとりの若い女がすわっているのが目に入った。平日の昼間になにをやっているのだろうと思ったが、もちろんわざわざ訊いたりはしない。

 だがその翌日、その女はまたそこにいた。服装も昨日と同じだったのですぐにわかったのだった。時間は昨日よりは遅くて夕方近かった。まだこの時期、日の暮れるのは早い。こんな時間になにをしているのか、ずっとここにいるわけはないし、と謎が頭をかすめたが、もちろん番藤にとっては無関係であったので思考もそこで停止した。

 ところが、三日目になっても彼女はそこにいた。なにをしているでもなく、ただベンチにすわっていた。

 さすがに不審に思ったが、それでも声をかけなかった。他人のことなど自分には関係がない。今の自分にとって大事なことは赤の他人の謎を知ることではなかった。だいたい、知ってどうなるというのか。営業成績を上げることが目下の最優先事項だ。それ以外に関心をよせる余裕はないのだ。

 四日目、五日目は休日のため、その公園の前を通ることもなかった。その間、女のことを思い出すこともなかった。

 しかし。

 休日明けは雨だった。

 公園で休憩するわけにもいかなかったから、そのまま通り過ぎようとしたのだが、ふと公園内に視線を送った番藤は思わず足を止めた。

 例の女がやはりベンチにすわって雨に打たれていたのである。さすがに異常を感じた。その日はなんとか一件契約を取り付けて気分がよかったというのもあって、いつもなら出ない親切心が顔をのぞかせた。

 他にだれもいない公園に入ると、まっすぐにベンチまで行った。そしてそっと傘を差し出し、初めて声をかけた。

「こんな雨の日に、どうなさったんですか?」

 それが、彼女との出会いだった。


 彼女はサオリという名前だった。番藤はすっかり雨に濡れたサオリを家に迎えた。まだ桜も咲かないこの季節、風邪をひかないかとの心配をよそにサオリは平気だった。

 何日も公園で、しかも雨が降っている日も、ずっとベンチにすわり続けているのはなぜなのか、それを尋ねると「行くところがない」とサオリは言った。番藤は呆れたが、ただの家出娘ではないような感じがして追い出す気にはなれなかった。

 それから、サオリとの奇妙な同棲が始まった。サオリはなにも知らない女だった。というより、なにも語らない女だった。どこから来たのか、これまでどうしていたのか、家族はいるのか、まるで記憶喪失であるかのように、口を閉ざしていた。

 番藤も、しかしだからといって詮索はしなかった。若いうちはだれにでも人生に迷うことはあるし、触れられたくない過去のひとつやふたつあってもおかしくはない。マトモな境遇で出会ったわけではないサオリには、たぶんそんな秘密が多いに違いなく、いつか口を開いてくれるかもしれないと思っていた。

 半年がすぎようとしていた。

 サオリはどこかで働いているようで、お金をときどきもってきた。出所は聞かなかった。

 相変わらずサオリは個人的なことはあまり話さなかったが、お互いを深く知らないことで、関係が壊れることなく、だらだらと同棲が続いていた。

 思い返せば、幸せな日々だったのかもしれない。

 だから突然消えてしまうという前兆すら感じられなかった。

 出会ったときと同じ、唐突な別れ。まるでサオリは最初から存在していなかったかのような不思議な喪失感。

 一ヶ月がすぎた。サオリとの暮らしは夢だったとあきらめようとしたが、ときがたつほど想いは募り、もはやじっとしていられなくなった。

 とはいうものの、番藤はサオリのことをなにも知らなかった。

 途方に暮れるしかなかった。警察にも頼れず、思い悩んだ末、興信所にたどりついた。

「女々しいのは自分でもわかってます。でも……」

「わかりました」

 先野が安心しろとばかりに大きくうなずいた。

「なんとか見つけ出しましょう」

 その言葉を聞いて番藤は、暗闇で光を見たような、心からホッとした表情を浮かべた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ