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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
キツネの嫁入り
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だから仕事が少ないのか

興信所「新・土井エージェント」に新たな依頼が舞い込んだ。


その男、番藤は、半年ほど同棲していた彼女がいなくなってしまった、と言い、捜してほしいと依頼する。


彼女──サオリの行方を捜す、探偵の先野光介と三条愛美は、それぞれ別々の場所で捜索するのだが……。


 先野光介さきのこうすけは血相をかえて走っていた。必死の形相である。

 三十八歳にもなって街なかを走る様は、昭和の刑事ドラマでもなかなかお目にかかれない光景だった。

 先野の後方、約三〇メートルほど離れたところを、別の男が走っていた。ガタイの大きな厳つい顔はスポーツマンというよりそのスジの人のようであった。

 二人が追いかけっこを始めてから、かれこれ五分になろうとしていた。追う男の執念深さは尋常ではなかった。そこまで怒りの炎を燃やすべきなにを先野は犯してしまったのか――。商店街から住宅地へ、私鉄ふた駅分ほどの距離におよぶ運動会はいつまで続くのか……。

「待ちやがれ、コノヤロー! こんど見つけたら、ただじゃおかねぇからな!」

 どう見ても長距離ランナーの体型ではない男の体力がついにつきた。追いつけなかった腹いせに、歩道に止めてあった自転車を蹴っ飛ばし、まだ整わない息に肩を激しく上下させながら回れ右した。スキンヘッドから湯気が出ていた。

 一方、難を逃れた先野は、逃げ切った勝利に酔うことなく、まだ走りやめない。マラソンランナーのように規則正しい安定した走りで腕を振っていた。

 前方に駅が見えてきた。そこでようやっと歩調をゆるめ、目立たない歩き方で駅舎に入った。なにごともなかったような顔つきで首から下げていたICカードを改札機にかざし、ホームにあがる。

 ちょうど電車がやってきた。

 ドアが開き、先野は他の乗客とともに電車に乗り込んだ。

 もう息はあがっていなかった。

 普段から体力を鍛えていたのが役立った。先野は涼しい顔をしつつも、心の底でピースサインをつくった。

 が、やれやれ、と思った矢先、重要なことに気づいた。

「あれ……? どこへやった?」

 手に持っていたはずのものがなくなっていた。衣服のポケットをあちこち探るが手応えがない。

「しまった、落としたか……」

 先野は舌打ちした。



 社長室から出てきた先野は、疲れた表情でデスクに戻る。ふう、と息をつき、雑然と散らかっているデスクをぼんやりと眺める。

「どうしました、先野さん」

 通りすがりに声をかけてきたのは、三条愛美さんじょうまなみだった。湯気のたつ紙コップを片手に、ちょうど休憩室から飲み物をもらってきたところだ。

 興信所「新・土井エージェント」の事務所である。

 先野・三条ともこの興信所所属の雇われ探偵なのだ。

「いや、ちょっと失敗して、社長に始末書を提出してきた」

「失敗……」

「浮気調査で追跡中にビデオカメラを落としてしまったんだ」

「え? なんでそんなことに?」

「いや、たまたまターゲットと同じ方向に歩いていた無関係の男にビデオ撮影を気づかれてしまい、追いかけられたんだ。しかし、さすがに鍛えているおれだからな、10キロを走って逃げ切ることができた」

「10キロも走ったんですか?」

「しつこいやつだった。執念深いヘビのような男だったな。だが――」

 先野は胸を張る。

「探偵なら、普段から体を鍛えて、いざというときに対処できる体力を養うべきだな」

 へんな自慢だった。

「でも、ビデオカメラを落としちゃったんでしょ?」

「う……まぁ、失敗はだれにでもある」

 その失敗をやらかすから、依頼案件をメインで任せてもらえず、他の探偵のサブに回ることが多いのかもしれなかった。

「ともかく、今回の調査についてはサブもがんばってくれているから、無事に解決するだろう。ま、それもおれが段取りを指示していたからこそなのだがな」

 依頼者からの調査案件は、通常、二人か三人が組んでおこなわれる。一人がメインで補佐としてサブを配置されるか、二人がメインのペアとして案件にとりかかるかは内容による。

 今回は久々に先野がメインで案件を任されていた。

 先野さんのサブに回った探偵もなにかと苦労が多いのではないか、と自らも先野のコンビとして仕事をした過去を思い返す三条だった。

「ということで、サブの帰りを待つとするか」

 先野は事務イスの背もたれにぐっと体重を預ける。

「…………」

 三条は小さく肩をすくめ、自分のデスクへと戻っていこうとした。

「あ、三条さん」

 と、ふいにマネージャーに呼び止められた。

「新たな案件があるんだけれど、任されてくれない? あした、依頼者がくるの」

 背の高いマネージャーは、オネエ口調でそう言った。一見頼りなさそうだが、仕事はきちんとこなす男だった。スタッフ全員がどの依頼を受けているか、どの程度の進捗具合なのかを完璧に把握していた。

「はい、わかりました」

 三条ははきはきとこたえた。探偵は、通常、二、三件の調査を掛け持ちしていた。三条は、きのう一件の調査が終了して、手持ちは一件だけだった。余力はじゅうぶんあるとマネージャーは判断した。

「ペアは……困ったわ、いまは、先野さんぐらいしかいないのよね……」

 本人には聞こえない声でつぶやくマネージャーは、雑然としたデスクの上をなんとなく片付けている先野を見やる。

「あ、あしたにはだれか都合をつけるから、心配しないで」

 三条の憂いを含んだ表情が目に入り、明るく言いつくろった。

「わかってますよ」

 三条は笑顔を返した。マネージャーを信頼していた。



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