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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
エアな奈々子
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先野光介が動く

 先野光介、三十八歳。職業、探偵。

 ハードボイルドにあこがれてこの職業を選んだが、現実はなかなか映画のようにはいかなかった。私立探偵を気取って事務所を開いたまでいいが、ろくすっぽ仕事がないまま家賃が払えなくなって廃業した。所詮、映画は映画、架空の世界にすぎないと自分を納得させたものの、〝探偵〟という職業には未練があったために、何人もの社員を抱えるこの興信所に就職して今に至っている。

 仕事の内容は、ほとんどが浮気調査(この点も理想と乖離しているのだが)だった。

 今も事務所の自分のデスクで作成中の報告書も浮気調査だった。面談時に会ったバリバリのキャリアウーマンは、夫の浮気を調べてくれるようカミソリのような口調で先野に求めた。相手を屈服させるような依頼者の威圧感を思い出すと、浮気したくもなるな、と同情もするのだった。

 メーラーのアラートが鳴った。新たな依頼者が来る時刻だった。

「さぁ、次の仕事だ」

 先野は立ち上がる。

 事務所の外のスペースに設置されてあるパーテションで区切った狭い面談コーナーのひとつに行くと、一人の男性が四人がけのテーブルの上座にこしかけていた。

 年齢は四十歳ぐらい。窓のブラインドの隙間から差し込む浅い角度の冬の日差しが、彫りの深い精悍な顔を照らしている。その表情に、悩みを抱えている者が放つ独特の翳りを、先野は見た――ように感じた。

「お待たせしました。今回の調査担当となります、先野光介と申します」

 名刺を差し出して、一礼する。

「そうですか……」

 名刺を受取った依頼者は、先野を見返した。なんとなく不審な表情をして。

 真っ白な上下のスーツと、紫のシャツに赤いネクタイで、ソフト帽。それが先野のトレードマークで、事務所ではこの格好で通していた。服装は自由だったから、それを誰かにどうこう言われる筋合いではないが、依頼者の印象まで計算せず、わが道を通す先野光介は、ときどき依頼者から不審がられたり驚かれたり、ひどい場合は依頼せずに帰ってしまわれることもあったが、本人はそんな「余計な混乱」を招こうとも平気であった。棄てられないこだわりがどこから来るのかは誰にも語ったことはない。

「所田です」

 と、依頼者は名乗り、

「今日はよろしくお願いします」

 所田敬一ところだけいいちは丁寧にお辞儀した。

「では、さっそくですが、どのようなご用件かをお聞かせ願えませんか」

 依頼内容については事前に概要は聞いていたが、仔細を聞くべく先野はシステム手帳を開いた。

 ──弟の交際相手について調べてほしい。

 ということであったが、実在しているのかどうか、という奇妙なことを最初に言うのである。

 話を聞いて、先野は、なるほど、とうなずく。

「なにか事情がありそうですね。わかりました。弟さんの交際相手がどんな人なのか、きっちり調べてきますよ」

 ニッと笑った。歯並びが悪かった。

「だいじょうぶでしょうか……」

 所田敬一の目が不安に泳いでいた。

「もちろんです」

 システム手帳をパタンと閉じ、先野は胸をはる。

 他の探偵のサブに回ることが多い先野は、メインの仕事で、しかも今回は少し他の依頼と違うということで、俄然やる気が出てきた。

「大船に乗ったつもりで」

 そういう大袈裟な言いようが、かえって不安がらせるとも思わず。


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