過去と未来
「ぼくはタイムリープができる。ぼく自身だけじゃなく、他の人もいっしょにね。今回のぼくのお客さんは塔山香代さんで、十二年前、大地震が起きる前にタイムリープするのを希望したってわけなんだ」
「客……? タイムリープを商売にしてるっていうんですか?」
「そうさ……ぼくにはそれができるからね」
「どうしてそんな能力が?」
タイムリープなど、得ようとして得られる能力ではない。
「それはぼくにもよくわからない。けれど能力の使い方はわかってるから問題ない。神様がタイムリープ能力をぼくにくれたんだから、ぼくはそれを使って多くの人たちの希望を叶えているのさ」
理屈にはあうが、荒唐無稽だった。
「塔山香代さんは、今頃父親と話をしているだろう」
「そんな……そんなことをしたら、歴史が変わってしまう」
「最初はぼくもそう思ったさ。親殺しのタイムパラドックス。でも、実際にタイムリープを繰り返していると、矛盾が解消されるよう都合のいい歴史に改編されるんだ。過去に干渉しても、なんの問題もない」
KSは、これまでどれだけの回数、タイムリープをして、過去あるいは未来に行ってきたのだろうか。それを想像すると、三条はめまいに似た感覚に襲われた。
さらにそれを商売にする、という感覚がついていけなかった。他人のプライバシーを食い物にしているようで。もっとも、他人のプライバシーをこっそりのぞき見る「探偵」という商売も、需要があるからやっているのであり、その点では同じかもしれなかったが。
「でも……それなら、なんだってわたしまでタイムリープしたんですか」
三条は口をとがらせた。商売なら、関係のない人間までタイムリープに巻き込むはずがなかった。事態をややこしくするだけで、なんのメリットもない。
KSは苦笑した。
「本当なら依頼者だけをタイムリープさせるつもりだったのだけど、きみが来たのが想定外だったよ。他人をタイムリープさせるときは、タイムリープする人間のいる範囲まで能力を広げて実現させるんだけれど、その範囲にきみまで入ってしまった」
「そんなこと知らないわ――」
責任を問われても、KSの事情など知る由もない。
「これは事故さ。どうしてくれる、なんて言わないよ。というより、巻き込んでしまったのはぼくなんだから、こうやって説明している。わかってくれてホッとしている。目の前に証拠があるにもかかわらず、信じてくれないアタマの硬い人間もいるからね」
「理解ったというか、なんというか……」
三条はまだ当惑していた。頭痛に耐えるようにそろえた指先で額をおさえた。
「注意はしていたんだけれどね。四日前にテストでタイムリープしたときは、うまくいったんだけれど」
四日前といえば、先野が香代を尾行していて見失ったという日だった。ということは、あれはタイムリープしたから忽然と消えてしまったのだ。先野の尾行が悪かったわけではなかった。
「他人をタイムリープさせるときは、その人が過去、その場所に長期間いないと無理なんだ。塔山香代が昔住んでいたアパートとか、いろんな場所で試みて、ようやく実家で本番を迎えたわけだけど……」
「まって! 先野さんは――?」
三条はずっと連絡をよこさない先野のことを思い出した。
「先野さん? ああ、あの探偵さんね。そうだった。尾行があるとまずいと思ったので、申し訳ないが、ある場所に監禁させてもらっている」
「監禁?」
物騒な単語に、三条は眉をよせる。
「だいじょうぶ、無事さ。しばってある縄は切れやすくなっているから、一人で脱出できるだろう。大声を出せば、誰か来てくれるかもしれない場所だしね。ダミーの証拠を発見していたら、これが誰の仕業か想像がついただろう」
「ダミーの証拠……」
KSはうなずく。
「そうさ。あたかも外国の工作員がかかわっているかのような。わかりやすすぎて、逆に怪しまれるかもしれないけれど、先野さんなら、ひっかかってくれるだろう」
安心していいのやら……。
「そこまでして秘密を守っているのに、わたしにしゃべっていいんですか?」
冥土の土産に聞かせてやろう、というつもりだったら恐ろしい。
「もちろん、なんの理由もなく、こうしてなにもかも明かしているわけじゃないよ」
KSは含み笑い。
「きみはもうわかっているじゃないのかな? きみも、タイムリープしたいって思わない? 香代と同じように、もう一度会いたい人がいるんじゃないかと……」
十二年前、地震で死んでしまった父親にもう一度会いたくて、タイムリープを利用した香代。涙の再会を果たし、伝えられなかった思いをすべて、思い残すことなく話していることだろう。
どんなに会いたくても二度と会えない人にもう一度会いたい――。それが可能ならば、どんなに高額だってかまわない――そう思う人はいくらでもいるだろう。歴史を変えられるなら、なんとしてでも変えようと七転八倒する。
「わたしは……」
言いかけて、三条は言葉が出てこない。
「ま、あわてなくていいよ。いつでも連絡をくれれば。なにしろ、それなりに代金は高くつくからね」
KSはジャケットの袖をめくり、腕時計を見る。
「そろそろ時間だ。塔山香代が出てくる」
KSが振り向くと、ちょうど香代が家から出てくるところだった。
駆け足でやってくる。
「アラームが鳴って、あわてて出てきたわ」
香代の頬は上気していた。眼には泣いたあとが見受けられたが、表情は晴れ晴れとしていた。
「話はできた?」
「はい。これで父を救えます」
「そうなるといいね。じゃ、現代に帰りましょう。もたもたしていたら、こないだみたいに失敗して、戻る時間が翌朝になってしまう」
「はい、あのときは焦りました」
香代が夫に無断で外泊したときのことを言っているのだ。
「――さぁ、きみもだ。十二年前にずっと居続けることはできないんでね。それじゃあ、行くよ」
KSが言い終わるやいなや、さきほどと同じように、周囲の景色がぼんやりとしだした。色彩がまじりあい、近眼の人が見る遠景のように。
そして――。
再構築されたとき、三条はクルマの中にいた。
ハッとして、左右を見る。それからドアを開けて外へ出た。
見覚えのある風景。道路の左右に立ち並ぶ民家は現代的なデザインのものばかり。
現代にもどったのだ。しかし、香代もKSもいない。
「…………」
夢でも見ていたのだろうかと三条は思うが、あまりにリアルで現実だったような気がした。しかしそんなことがあり得るだろうか――。
思い出した。クルマに戻り、助手席シートに無造作に置かれていたショルダーバッグを開ける。カメラを取り出し、緊張に震える指で電源を入れると、液晶ファインダーに撮影した画像を表示させた。
心臓が高鳴った。血走った目で見つめるファインダーに表示されたのは――。
まぎれもなく、三条が見てきた光景だった。




