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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
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先野の追跡

 日曜日――。

 先野光介は朝っぱらから特急列車に揺られていた。先日とはうってかわってハイキングにでも行くようなカジュアルな服装だった。実際、天気もすごくよかった。

 先野が所属する興信所「新・土井エージェント」には探偵が尾行調査の際に使う、いわゆる〝七つ道具〟のほかにさまざまなシチュエーションにそった衣装が用意されており、どんな種類の人間にもなれた。外回りのときには、行先に応じて先野も考えて服装を選んでいた。

 塔山香代は特急列車の自由席車両のほぼ真ん中、窓からの強い紫外線を避けるように通路側の座席にすわっていた。

 列車はそれほど混雑していなかった。地方都市の主張へ向かうビジネスマン、小さな子供をつれた家族連れ、旅行鞄を抱えた高齢者のグループなどが、ぽつりぽつりと間をあけて座席についていた。

 先野は香代の後方、少し離れた場所──後方に、外国人夫婦を間に挟んだ列の座席を選んで座っていた。

 用があって今日は実家に帰る、と香代は夫の雄哉に伝えていたが、行先は実家ではないだろうと先野は考えていた。いったいどこへ行くのかは、まだわからない。一応、乗車しているのは実家へと向かっている列車ではあるけれど、どこかで途中下車するか、あるいは実家の最寄駅を通り過ぎてもっと遠くまで行くか――。もっとも、家を空けるのは今日だけということだから、そんなに遠くへは行かないだろう。

 ともかく、それは尾行を続ければわかることだ。

 車内にはおしゃべりの声が絶えない。特に年配女性のグループは実に楽しそうである。温泉旅行にでも行くのだろうか。一方、香代はひとり静かにしている。

 いくつもの駅を通り過ぎ、特急列車はひた走る。窓外の景色はのどかな田園風景や山の中、トンネル、線路と並行する高速道路と移り変わり、駅の近くになると密集する建物という具合に変化していった。

 出発してから二時間、香代の実家の最寄駅が近づいてきて、それを知らせる車内放送が入る。ここまで香代は途中下車しなかった。果たしてここで香代は降りるのだろうか……。

 注目していると、香代が立ち上がった。

「!」

 先野は意外だった。本当に実家へ帰るつもりなのか……。

 ドアへと通路を進む後ろ姿を追って、先野も立ち上がる。そして、数人の乗客とともにホームに降り立った。気取られないよう気をつけながら有人の改札を通り抜ける。

 小さな駅舎の前にはバス乗り場があった。到着する特急に合わせてダイヤが組まれている路線バスは、駅前でエンジンをアイドリングにして乗客を待っていた。客待ちの黒塗りのタクシーが二台あり、列車を降りたグループがそちらへ流れて行った。

 田舎の駅前だった。土産物屋もなく、コンビニもない。喫茶店が一軒あるが、他に地元の住民が利用する農協と郵便局があるぐらいで、あとは一般住宅が道路の両側に静かに建っていた。

 香代がバスに乗る。

 順番に乗っていく列の最後に先野も乗った。入口に設置された機械から小さな整理券を取り、バスの後方の座席についた。前の方にいる香代の様子をそっとうかがう。

 香代の目的地が実家だとしたら、六つ目の停留所で下車し、そこから二〇〇メートルほど歩くはずだった。実家には香代の母と年老いた祖母が暮らしているらしい――実際にここへ挨拶に来ている夫の雄哉の情報によれば。

 だが――それは本当に実の家族かといえば、それもあやしいのではないか、と先野は思う。偽装家族であり、全員が他国の工作員というのもあり得た。

 考えれば考えるほど、先野の胸は重苦しくなっていった。

 車内のローカルな広告を読んでいると、そのうちに下車する停留所が近づいてきた。

「次は、新庄橋。お下りの方はボタンを押してください」

 バスの自動アナウンスが告げた。

 香代がボタンを押した。ピポン、と鳴って車内のいたるところにある降車ボタンのすべてが赤く光った。

 バスがスピードを落とし、停車。バスの前方にある出口へ移動するのは香代だけだった。

 先野はゆっくりと出口へ進む。

 小銭を払って降りていく香代。

 わざとのんびりと先野がバスを降りると、樹脂性の背もたれが割れたベンチがあるだけの停留所から、香代はすでに三十メートルほど先にいた。

 先野は迷った。後を追いかけるべきかどうか――。もうここまで来れば、間違いなく実家に帰るだろう。実家の場所はあらかじめ知っていた。だからこれ以上あわてて追う必要はない。当初の依頼目的である浮気の調査なら、もうその可能性はないだろう。逢引きの相手が実家にいるとは思えない。

 先野は、香代が工作員だとの可能性を疑っていたから、彼女のアジトが近いと考える。

(これ以上の調査は危険ではないか──)

 そのとき、後頭部に強い受け、先野はその場にしゃがみこんだ。声を上げる余裕もなかった。さらに顔にスプレーをかけられた。

 ――なにっ、何者だ?

 自分の身になにが起こったのかわかる前に、先野は気を失った。



 先野からの連絡がこない。メールも入らない。

 予定だともう特急列車は最寄駅についているはずだ。

 どうしたんだろう……?

 三条愛美は路上に停めたクルマのなかでターゲットが現れるのを待っていた。スーツを着こみ、パッと見、生命保険のセールスレディである。

 車内からはターゲットの実家が見えている。母と祖母が暮らすこの家は、八年前に再建されている。十二年前の大地震でこの一帯は大きな被害を受けていた。その際に父親は倒壊した家屋の下敷きになって亡くなっている。国から援助や義援金、地震保険があったとはいえ、その後の暮らしは決して楽ではなかったはずだ。

 どんな苦労があったかは想像に難くない。

 苦労の末に結婚したのに、浮気なんかするだろうか……。安定した生活を乱すようなことを自らする……? もっとも、浮気をする人間はもちろんそんなことは承知している。それでなお感情に流されてしまうのが人間というものだ、とはわかっている。

 依頼者が偶然の重なりで妻が浮気をしているのではと勘違いしているのではないか、とも三条は思ったが、偶然というのも無理があるし、あるいは相手に騙されているのかもしれない。

 むろん、いくら自分が言いだしたとはいえ、他国の工作員という可能性は除外していた。先野は真剣に疑っているようだったが、まさか、と思う。

 考え事をしているうちに、時間がすぎていた。

 実家に行くと言って浮気相手のところへ行くかもしれないとの予想に反して、曲がり角から香代が姿を現した。

 ところが、香代は家に入らない。自宅の前でじっとしている……。

 なにかを待っているような……。まさか浮気相手? 自宅の前で堂々と?

 三条は道の前後を見るが、人通りはまったくない。クルマ一台通り過ぎない。

 ――なにかおかしい。

 カバンの中の隠しカメラを操作する。浮気の証拠写真を撮るための望遠レンズを装着した一眼レフだ。

 なにが映ると思ったわけではなかった。直感だった。

 その直後――。

 視界がぼんやりとかすみだした。色彩がまじりあって、現実感が喪失した。自分の目がどうにかなってしまったのか、はたまた世界が壊れてしまったのか――。

 なにが起きたのか、三条はわからなかった。


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