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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
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土曜日の調査

 とはいえ、なにもないからといって事務所で時間をつぶすのはいただけないと、土曜日、先野光介は調査に出て行った。

 まずは塔山香代の職場からだった。

 電車を乗り継ぎ、数日前に張り込んだ職場近くへ朝っぱらからやって来ていた。だがビジネス街の土曜日は閑散としていた。

 コンビニやファストフードやコーヒーショップは一応、店を開いていたが、繁盛しているような様子はない。もっとも、午前八時半から客が多く入るはずもないのだが――。

 香代がこのオフィスへ派遣されてから一年半ほどになるという。とある中堅機械部品メーカーの営業所ということで、従業員は二十人ほどである。

 客先はもっぱら大手メーカーで、あちこち歩き回って売り込みに行くような商品は扱っていない。一般消費者とは接点がなかった。

 そんな職場で資料の整理を主な業務として派遣されてきたのが香代だった。派遣員は香代を含めて三人で、今がちょうど仕事が忙しい時期らしい。

 浮気相手がいるとしたらこのオフィスの正社員が怪しいのだが、それはないだろうと思った。もしそうなら電車なんかに乗らず駅前の商業施設を利用するだろう。駅前には県内一の商業地域があり、いつでも賑やかだった。デートするのにちょうどいい。そこを選ばずして……というのは考えづらい。

 先野は、ビル周囲の香代が立ち寄りそうな場所をチェックした。そこを張り込むのにちょうどいい地点にもあたりをつけた。

 二時間ほどうろうろと調べたあと、駅から電車に乗った。向かったのは、例の、香代を見失った場所だった。

 駅そばで天ぷらそばをすすって電車を待つ間、今ごろターゲットといっしょにマンションにいるはずの依頼者にメールする。

『奥さんを見失った場所の住所近辺で、なにか気のつくことはないですか?』

 すぐに返信は来ない。

 先野がホームで待っていると、電車が入ってきた。

 乗り込むと、車内はがらんとしていた。土曜日のこの時間は、街の中心部に行く電車は混雑していたが、逆方向はすいているのだ。

 長いシートの真ん中にどかっと腰を下ろし、足を組む。

 メールの返事はまだ来ない。もう少し早く質問していればよかったかな、と思う。が、まだまだ時間はある。

 下がっていたブラインドをあげて、窓を開けてみた。五月の風が車内に吹き込み、レールの継ぎ目を車輪が通る、がたんがたんという音も入ってきた。鉄橋を渡ると大きな音でうるさいぐらいだ。乗客も少ないことだし、いいんじゃないか、と思う。

 戸建住宅が立ち並ぶ窓外の景色。ほとんど真上からの日差しで、線路に並行している道路際に等間隔に立つ青々と葉を茂らす街路樹の影も短い。

 やがて電車はターゲットと依頼者の家の最寄駅に到着した。電車を降りて、駅前広場を眺めながら、記憶を頼りに歩を進めようとしたとき、やっと塔山雄哉いらいしゃからの返信メールが来た。

『そこは、香代が結婚する前に住んでいたアパートのある場所です。ハイツ中村です』

「ほう……これは関係がありそうだな」

 スマホで地図を表示させ、まっすぐそこへ向かった。歩いて五分ほどである。

 記憶の通りに道を行き、ちょうど香代を見失った場所にたどり着いた。

 路地のように狭い道。古くからの住宅地だ。

 表面が風化したブロック塀の向こうには木々の生える庭だったり、一階がクルマだけのスペースの三階建てが真新しかったり、明らかに空き家とおぼしき雨戸をすべて閉め切った2階建てだったり、雑多な印象を受ける。

 そんななかに、二階建て八戸のハイツ中村はあった。軽自動車しか駐車できそうにないスペースの奥に白い三角屋根に出窓の洋風建築。ベランダに洗濯物がひるがえっている。

 階段を上って二階へ。

 202号室がかつて香代が住んでいた部屋だった。ドアに表札はなく、空き家のようである。浮気相手が――いや、香代が関わる謎の組織のメンバーが住んでいるかもしれないと思ったのだが。

 真向かいの201号室には人が住んでいるようだった。

 ドアチャイムを押してみた。

「はい……?」

 海原やすよ・ともこに似た感じの、いい具合に年齢を重ねた主婦らしき女が、茶髪をかきあげながら出てきた。

「あの……こちらに住んでいた、志馬野香代さん、ご存じですか?」

 志馬野は香代の旧姓である。

「はいはい、もう、ずいぶん前ですね。……3年ほど前だったかしら。結婚して、出て行かれましたよ。といっても、引っ越し先はこの近所ですけど」

「こちらに親しい人がいて、ときどき戻ってこられるということはあります?」

「いいえ、わたしとも年賀状のやりとりがあるぐらいで、電話もほとんどないですね。親しい人は……いなかったと思いますよ。なんせ仕事が忙しいみたいだったから、遊ぶ暇もなかったんじゃない? 体を壊して会社をやめて、今は派遣会社に登録してるらしいってきいたけど、そのころ職場で知り合った男性ひとと結婚して……あ、離婚でもしたんですか? ――あらやだわ、しゃべりすぎたかしら」

 ははは、と歯並びの悪い口を開けて笑う。たしかによくしゃべる女である。

「そうですか……」

「警察の人ですか?」

 女はちょっと首をかしげる。

「いえ、志馬野さんの父親のことで」

 先野はでっち上げの理由を吐いた。

「志馬野さんのお父さんなら十二年前の地震で亡くなったと聞きましたよ」

「あの震災で……?」

 香代の実家は、たしか十二年前に大震災の起きた町だ。

「お父さんの話はよくしてましたよ。すごく悔やんでた様子でね。よっぽど好きだったんでしょうねぇ……。でも地震じゃ、誰を恨むってわけにもいかないですし」

 塔山雄哉からはそこまでの情報はなかった。古すぎるからだろう。今回の案件には関係ないとみた。

「わかりました……」

「あ、引っ越し先の住所ですけど……」

 聞いてもいないのに教えようとした。

「いえ、それはいいです。どうもありがとうございました。失礼します」

 先野は礼を言って、ハイツを後にした。

 ――ともかく、明日の日曜日だな。香代について決定的なことが明日、判明するだろう。

 なんとなく、先野はそう思った。


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