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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
会いたい人はいますか
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塔山香代は工作員?

 興信所「新・土井エージェント」の事務所で、二人の探偵が向き合っていた。

「次はヘマをやらない」

 三条愛美を前に、先野光介は強く言いきった。

「いえ、わたしはべつに先野さんを責めているわけでは……」

「その哀れを含んだ眼差しを見ればわかる」

「だから気にしてませんってば」

 ともかく、と先野は咳払いした。

「しかし、こんなことってあるものなのかな……今でも信じられん。忽然と消えたんだ。まさかこちらの尾行に感づかれたなんてことは……」

「素人が気づくことはないですよ。もしかしたら、ターゲットは某国の工作員とか?」

「なんだと?」

 先野は片方の眉をあげた。

「冗談ですよ。いくらなんでも、そんな特殊な人がそうそういるわけないじゃないですか」

「いや、たしかにそうだが……」

 スパイでないにしろ、なにか特別な訓練を受けた人間かもしれないと、その可能性を吟味した。

 万が一、そうだとすると、なにかとんでもない案件に首を突っ込んでしまった?

 フッ、と先野は笑みを浮かべた。

 ハードボイルド魂に火がついた。

「おもしれぇじゃねか……」

「え? どうかしました?」

 三条が小首をかしげている。

 先野は真剣な目をして言った。

「三条、この件、全面的におれに任せてくれないか?」

「どういうことですか。会社の規定では──」

 先野は三条の肩をばん、とたたき、

「こいつは女子供がかかわる問題じゃねぇ」

 そして、タバコを吸うために屋外へ出て行こうとした。

「いや、ですから、工作員なんてのは――」

「たとえ工作員でなくても、あのターゲットにはヤバイ匂いがする。尾行したおれが感じたんだから、まちがいない」

 よくよく思い返せば、そんな感じがするのだった。危険な香りが漂っているのがわかる――感じがする先野だった。

 もちろん勘にすぎないが、その勘というのは案外ばかにできないものなのだ。

 ビルの外の非常階段に出て、壁に寄りかかりながら上着の内ポケットから取り出したマルボロの箱から一本引き抜いた。

 使い捨てではないオイルライターで慎重に火をつける。大きく吸い込んだ煙を盛大に吐き出しながら、じっくり検討した。

 ――工作員か、おそらくそれに近い存在だろう。突然増えてきたメールも、夫以外の男と親しげだったのも、なにか特別な任務をおびてのことなのだ。浮気だって? いや、絶対に違うだろう。

 これ以上、調査をしていると命にかかわるかもしれない。なにしろ正体不明の巨大組織が裏で暗躍しているかもしれないのだ。あるいは、国家ぐるみの鍔ぜり合いが国民の目に触れることなくおこなわれている――。

 しかし、かといって、調べないわけにはいかない。と同時に、依頼者の安全も考えなくてはならない。真実を知らせることによって、依頼者の身が脅かされるのでは本末転倒である。

 となれば……こちらはどう動けばいいだろう……。

 単なる浮気調査と思いきや、このような展開を迎えるとは――先野は笑みがこみあげてくるのを抑えられない。

 先野光介、一世一代の大仕事だ。考えてみれば、こんな仕事を望んでいたんじゃないのか。危ない案件に一人で挑む無鉄砲な男。それをやりのけてこそ、本物の探偵だ。

 では……通常とは違う作戦でいかねばならないだろう。

 先野は灰にした吸い殻を携帯灰皿に格納すると、新しいのをもう一本取り出す。口にくわえ、考えを推し進める。

 多少強引なやり方もやむをえなくなるかもしれないし、違法な手を使うことになるやもしれないな、と思った。

「先野さーん」

 オイルライターを着火しようとして声がかかり、先野は手を止めた。

 振り返ると、三条が立っていた。

「ん? なんだ?」

「塔山さんから電話がありました」

「なに?」

 考えを中断し、火をつける前のタバコを丁寧に箱に戻すと、先野はビルの中へと戻った。



 あさっての日曜日、妻が実家にでかけます――。

 塔山雄哉がそう知らせてくれた。

「わたしも行きますよ」

 ペアを組んでいる三条は引き下がらなかった。

「いや、しかし……」

 口ごもる先野に、

「先野さんひとりじゃマズイですよ。わたしだってプロなんですから!」

「わかった。だったら、こうしよう」

 先野は提案した。三条は現実をわかっていない。説得してもおそらくわかってもらえまい。ここは連れて行くしかないだろう。しかし、三条の安全は確保しなければならない。

 で、とっさに思いついた。

「おれは電車でターゲットを尾行するから、きみはクルマで実家に先回りしてくれ」

「えっ……?」

「道中、なにが起きるかわからないから、そこはおれが対処する。だた、地方の町はクルマのほうが便利だろうからな。そこは三条に任せる」

 実家へ行くなんて嘘だろう。この際、三条には無駄に動いてもらおう。

 三条はやや考えてから、うなずいた。

「わかりました。彼女の家近くで待っていますので、そこで合流しましょう」

「じゃ、あさってはそのプランで」

 よし、と先野は思った。危ういところだったが、うまく誘導できた。三条は待ちぼうけを食わされるだろうが、安全のためなら騙されていてほしい。悪く思うな、と心の中で、すまんと謝った。

 ところで……と、先野は言った。

「土曜日は、ターゲットは仕事ではないのだな?」

「はい。休みだって聞いています。依頼者だんなさんといっしょにいるそうです」

「となると、張り込みは……する必要はないか……」

 ターゲットが終日、依頼者といっしょにいるなら、尾行調査はできない。

「わたしは、土曜日は別の依頼の調査が入っていますので、その仕事にかかります」

「あっ、そう……。おれは……」

 先野には予定がなかった。

 基本的に探偵業は土日が休みにはならない。依頼者が集中するのは休日が中心になる。そんなときに「予定がない」というのは、触れてはいけない。

「いや、おれのようになるとな、仕事を選ぶんだよ」

 へんな汗を額から流しながら、先野は弁解した。


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