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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
会いたい人はいますか
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ターゲットを尾行して

 三条愛美とペアを組んで今回の調査にあたる先野光介は、会議室で打ち合わせをする。

 浮気調査は、基本的にはターゲットをそれと知られずに尾行し、逢引きの証拠をつかむという流れになる。

 ビデオカメラ、望遠レンズ、ICレコーダーなどを用意し、どのタイミングでターゲットに近づくか、場所や時間を綿密に打ち合わせてから調査が始まるのだ。

 県内の中心地であるこの街には、県庁の近くにビジネス街があり、大手企業の支社はもちろん、多くの企業が事務所を構えていた。

 ターミナル駅からも近い一等地である。大きな道路に面してビルが並んでいる。人材派遣会社の社員である塔山香代ようやまかよが派遣されているオフィスもそれらのビルのひとつにあった。

 そこから少し離れたところにある時間貸しパーキングに先野はクルマを停めていた。きつい日差しを避けて建物の陰にある位置に停めたかったがあいにく空いておらず、しかたなく日なたに駐車していると、車内温度がどんどん上昇するのでエアコンを入れていた。エンジンをかけなくてもハイブリッド車のバッテリーパワーでは電池切れを気にする必要はなかった。

 静かに待っていると、スマホが鳴った。通話相手は三条だ。時間どおりだった。

 通話ボタンをタップする。

『ターゲット、まだ動きません』

「わかった。交代しよう」

 朝九時から三条が塔山香代の職場に張り付いていた。現在時刻は午後二時三十五分。

 先野は駐車場からクルマを出す。三条がいる場所に向かった。

 同じ人間がずっと見張っていると目についてしまうからと、三条は何度か近辺で場所を変えていたが、ここまで長時間になると交代するのだ。

 この時間、三条は職場のビルが見えるコーヒーショップにいた。通りに面した大きなガラス窓に設置されたカウンターにすわり、ターゲットがビルから出てくるのをじっと待っていた三条は、目の前に滑り込んできた白いプリウスを認めると、通りに出て運転を交代した。

「では、あとは頼みます」

「まかせろ」

 狭い運転席から出た先野は、入れ替わるようにコーヒーショップに入っていった。服装は、事務所にいたときのような白い上下ではなく、グレーの落ち着いたスーツだった。あのスタイルでは目立って仕方がないからというのは先野も自覚していたので、興信所が用意した服装を着ていた。

 ハンドルを握った三条はプリウスを発進させ、店の前から去っていく。

 先野はコーヒーを買って、さっきまで三条の座っていた席に着く。手元にターゲットに関する資料を広げ、けれどももうすでに頭に入っているので今さら読む必要もなく、なにか仕事をしているフリをしつつ、向かいの雑居ビルにちらちらと視線を送った。

 ビルから出てきたターゲットが歩いてどこかへ行くなら先野が尾行するが、誰かのクルマか、タクシーに乗るときにそなえて三条は近くの駐車場で待機していた。

 果たして、今日は動くのか――。

 依頼者の情報によると、遅くなる曜日が決まっていなかった。単純に残業をしているのかもしれなかったが、派遣社員である香代がこれまで残業して帰ることはめったになかったから、誰かと会っている可能性は高いと言っていた。

 こじゃれた内装のコーヒーショップは、全国展開しているチェーン店で、店内は明るい。若い女性客が多いのはメニューが洗練されているうえ、禁煙であるからというのもあるのだろう。おしゃべりをしているグループやら、タブレット端末を操作しているおひとりさまやら。耳をすましていないと聞こえないほど静かな音楽が流れている。

 ブラックコーヒーにはほとんど手をつけず、先野はターゲットの勤務する事務所の入っている雑居ビルを観察する。

 六階建ての細長いビルだった。表面は酸性雨で汚れており、築数十年といった感じである。カラスが二羽、ビルの屋上の手すりにとまっていた。

 先野は休憩中の外回りの営業マンを演じつつ、ターゲットが出てくるのを我慢強く待った。探偵業は根気が要るのだ。

 ビルの玄関に人の出入りはほとんどない。誰かが出てくれば、それがターゲットかどうか判別するのは簡単だった。ビルの出入り口はそこ一か所で、ビルの裏にある非常階段口から出てくることはまずないから、ここさえ見張っていれば見逃すことはないだろう。

「!」

 午後三時五分、雑居ビルの玄関から出てきた人影に先野は注目した。

 ――出てきた!

 資料を安物のブリーフケースに片づけると、あわてて店外へ飛び出す。スーツ姿の香代は歩道を歩くビジネスマンにまぎれてしまいそうだが、目を凝らして後を追った。

 歩きながら、三条に電話をかけた。

「ターゲット、動いた。追跡中。西へ向かっている」

『クルマを出します』

「OK、事前の打ち合わせどおり来てくれ。ターゲットがクルマを使う気配はないが……」

『わかりました』

 途中でクルマを拾う可能性はあった。そのときすぐに追いかけられるように、クルマをスタンバイさせておく必要があった。先野の持っているスマホのGPS情報を三条も共有していた。

 定時前に出て、香代はいったいどこへ行くつもりなのか……。

 ターゲットの約三十メートル後方を尾行していると、最寄りのターミナル駅へと入っていった。

 競馬のゲートのごとく並ぶ改札機を抜けて、人通りの多いコンコースを進む。電車が到着したらしく、大勢の人々が階段を下りてきて、あやうく香代を見失ってしまうところだった。

 人ごみを抜けてエスカレーターからホームに上がると、香代が乗った赤い電車に飛び乗った。

「ここからおれだけで追跡する」

 三条にメールした。これ以上はクルマでの追跡は無理だろう。

 家に向かうつもりなのか――。

 前もって職場と家との位置関係も聞いていた。この電車は家の最寄駅に向かっている。

 意外だった。不倫なら、逢引きする場所を家の近くにはしないだろうと思ったからだ。誰に見られているか知れない。そんなリスクを冒すとは思えない。

 依頼者の塔山雄哉が家の近くで目撃したという件は、たしかに重要なファクターであったけれども、何度も自宅近くで逢引きを繰り返すというのは考えにくい。

 同じ車両の、香代から少し離れたドアの近くで、先野は内心首をひねる。

 電車に揺られること五十分。

 家の近くの最寄駅で降りた香代。まだ四時半になっておらず、人通りといえば中高生ばかり。そんななか、先野はなるべく目立たないよう気をつけながら尾行する。ブリーフケースの中の小型ビデオカメラの録画スイッチは入ったままである。

 と、家とは違う方向へ道を曲がっていく。

 やはり怪しい。この近くで浮気相手とおぼしき若い男と落ち合うつもりなのか――。

 どこへ行くのかと思って追跡していくと、さらに路地のような細い道に入っていき、先野は緊張した。

 こんな場所で?

 そうか、と思った。この周辺に浮気相手が住んでいるのだ。

 住宅密集地の幅の狭い道路を追跡すること五分……。

 クルマが一台通れるほどの道。両側に民家のブロック塀が迫り、大地震でも起きたらたちまち通れなくなりそうな幅である。

 何度目かの曲がり角で、先野は思わず立ち止まった。

 ――なにっ?

 辻に飛び出して、先野は目を見張る。

 香代がいない。

 駆け出して探したいところだったが、急に走り出したりしては怪しまれる。

 内心焦りながら、そのまま歩く。

 路地から少し広い道路に出してしまった。危うく宅配車に轢かれそうになって、先野はたたらを踏む。

 背後の路地を振り返り、しまった、とつぶやいた。下唇を噛んだ。

 こんなところで見失ってしまうとは……。

 愕然とした。

 おそらくどこかの建物に入ったのだろう。

「ミスったな……」

 こんなことは初めてだった。失敗した。

 道端で香代を待つわけにもいかず、やむを得ず歩き出す。こんなところで出し抜かれるとは思っていなかった。

 これは――と、先野は思った。ただの浮気調査にはならないぞ。そんな予感がした。

 そして、先野のその予感は、決して的外れなものではなかった。


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