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しんどい興信所の超常探偵  作者: 赤羽道夫
エアな奈々子
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弟の恋人は?

所田敬一は、弟の明二の恋人の存在を不審に思い、探偵に調べてもらうことに。


興信所の探偵の先野光介が三条愛美とともに尾行して調べてみると、明二の行動はあきらかに不可解だった。


明二の恋人である奈々子とは何者なのか、驚きの事実が明らかに!


 久しぶりに電話で話した弟は今までにないぐらい陽気で、所田敬一ところだけいいちは呆気にとられた。別人かと思うぐらいの、それこそ人が変わったみたいに――。

 聞けばカノジョができたのだ、という。二十七歳、これまで恋人はおろかガールフレンド、いや、女性の知り合いさえいなかった弟に、ついに春がやってきたのだ。明るくなるのも無理はない。

 だから仕事のついでに弟のアパートへ寄ってみようと思った。

 隠居した親父のあとを継いで建築設計事務所を切り盛りしている敬一は、ときどき弟・明二あきじの住む町へ仕事で出ることがあった。しかし、高校を卒業すると同時に家を出て都会で暮らすようになった弟のもとには滅多に近寄らなかった。

 陰気で、ギャルゲーに人生を捧げたような部屋は、正直居心地が悪かったのだ。

 ところが、恋人ができたのだとなれば、そんな部屋の雰囲気も違っているはずだろうと、そう思ったのだ。

 クライアントとの仕事を終え、電車に揺られてたどり着いた駅前は、ごみごみして息苦しかった。昔ながらの雑多な雰囲気のママチャリが行き交う駅前商店街は年末の大売り出しのポスターがあちらこちらに貼ってあり、そこを抜けると下町の住宅密集地が広がっている。

 間口の狭い一軒家や背の低いマンションが建ち並ぶ一画に、明二の住むアパートはあった。築何十年もたっていそうなカビ臭い古びた二階建てアパートだった。いくつかの部屋のドアには電力会社の札が下がっていて、どうやら空き部屋が多いようである。

 明二がなんの仕事をしているのか、敬一は知らない。しかしいくら貧乏でも、よくこんなところに住んでいるな、と敬一は明二を不憫に思ったが、いくら同居を進めても弟はうんと言わなかった。

 二階にあがると、敬一は通路に並ぶドアの表札を一つずつ確認し、明二の部屋の前に至る。塗装のはがれた木製の玄関ドアの横に取り付けられた呼び鈴を押すと、気の抜けたようなブザーが鳴った。

 すぐに明二は顔を出した。

「よ、元気そうだな」

 土曜日の夕方だし、弟とはいえ、手ぶらで顔を見せるのも愛想がなさすぎると、敬一はコンビニで缶ビールとパック寿司を買っていた。

「差し入れだ」

「ありがとう、兄ちゃん。ま、入ってくれ」

 半畳ほどの玄関で靴を脱ぐと、2DKの狭いアパートの一室がほぼ見渡せた。

 一人暮らし用の小さな座卓が一つ置かれた部屋に敬一は上がり込んだ。そしてちょっとばかし不審に感じた。

 以前来たときと、さほど変わっていなかったのだ。自炊とは無縁だと主張するように調理器具の置かれていない小さなキッチンはいいとして、部屋の壁に貼ってあるアニメ絵のポスターが、キャラが変わっているだけで相変わらず強い存在感を示していた。こうなるとふすまの向こうのもう一つの部屋も同じような感じではなかろうか、と想像した。

「外は寒かったでしょ? 熱いお茶でもいれるから」

 敬一はコートを脱ぐ。エアコンの効き具合がよくないが、コートを着たままというわけにもいかない。すきま風が入ってくるし、コタツもないから、手足を温めることもできない。

「ここへ来てくれるのも、久しぶりだね」

 しかし明二は寒そうでもなく、様子は以前とずいぶん違っていた。電話で話したときにも感じていたが、心も健康そうだ。太っていた外見もすっかり痩せて、見違えた。

 ポットでいれたお茶を座卓に二つおく。湯気を立てるタンブラーは、企業ロゴが入ったプロモーション・ノベルティだ。

 熱いお茶をすすると、体が温まった。

 座卓を挟んですわり、レジ袋から中身を取り出す。缶ビールを開けて、とりあえず乾杯。

「カノジョって、どんな人なんだ?」

 敬一は単刀直入に訊いた。兄弟だから野暮なことでも遠慮はなかった。

 明二はちょっとはにかんで、

「あんないい女性ひとはいないよ。完璧。ぼくにはもったいないぐらいさ」

「へえ……」

 にぎり寿司を頬張りながら、敬一は感心した。恋は盲目と言うし、しかも明二にとってはたぶん初めての恋で、おそらく相手を過大評価してしまっているのだろう……と思った。

「写真、あるのかい?」

 敬一がそう言うと、明二の表情が若干曇った。

「あるけど……いや、ない」

「どっちなんだ?」

「じつは……、他人ひとには見せないでくれって言われたんだ」

「おれたち、兄弟だぜ」

「うん、そうだけど……」

 言葉を濁す明二に、敬一は折れた。

「ま、いいか。そのうち見てもいいようになるだろう」

 なんの事情があるのだろうか。写真を見せたくないなんて、思春期じゃあるまいし。年齢的にもこのまま結婚ということもあり得るなら、いつか本人に会えるかもしれない。

 それとも、他になにか別の理由でもあるのだろうか。相手が男、なんてオチじゃあるまいな……。

 どうも様子がおかしい。明二は恋人ができたつもりでいるが、相手はそんな気はないのかもしれない。恋愛経験がないぶんその可能性はあるぞ、と勘ぐった。

 それとも、もしかしたら、だまされているのかもしれない。高価なプレゼントを貢がされているだけの関係だとしたらと、敬一は心配した。

 痩せた、と思ったのも、単に食費を削った末の結果なのだとしたら喜べない。

 ――ここまでなら、それほど深刻には感じなかった。

 しかし――。

 帰り際にたまたま明二がトイレに立った際に、壁に貼ったプリクラ写真が目に留まり、敬一の疑惑は大きくなった。


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