卒業式にゃー
「豊かな猫じゃらしが揺れる季節が終わり」
「昼寝日和な暖かいこの季節」
「吾輩達は」
「吾輩達は!!」
「「「卒業します!!!」」」
市立にーにー第二小学校の体育館に、卒業生達の声がこだました。
猫らしく整列など決してせず、各々好きなポジションに並んだ猫達を後ろから数えて三番目、いや四番目?漆黒で背中まである髪を三つ編みにして、分厚い眼鏡をかけているのが吾輩である。
いや、吾輩などという一般猫らしい自称はもう捨てなければ。
式が終わり、卒業生と保護者はにゃごにゃごと教室へ戻った。
お世辞にも綺麗とは言えない木造三階建ての校舎の三階に6年2組の教室がある。
シミのついた板張りの床。
爪の研ぎ跡がそこら中にある壁。
みんなの匂いが混じった独特の匂いがする空気を胸に吸い込んだ。
想えばこの六年間、色々な事があった。
入学してすぐにあった遠足で、クラスのみんなでワイワイとはしゃいでお弁当を食べたり、二年生になって九九のテストがあったり、三年生になって社会科見学で猫じゃらし加工工場に行きお土産に加工猫じゃらしを貰ったり、四年生から始まったクラブ活動でお昼寝クラブに入ったり、五年生では初めて泊りがけの野外活動があり、みんなで晩御飯に猫まんまを作ったり、六年生では修学旅行の夜、恋バナに花が咲いたり……。
本当に色んな事があって、その全ての思い出の中で吾輩はいつも隅っこのほうにいた。
だけどそれも今日で終わりなのだ。
そう、なぜなら、えーっと……あ、あーし?
―――あーしは今日をもってギャルになるのだから。
「ナツメ、何ぼーっとしてるの?」
ふと声を掛けられて、あーしは「ふにゃっ!?」と声をあげて飛び退いた。
「驚き過ぎでしょ。大丈夫?ぼーっとしてたけど」
声の主は、シャミ。
あーしと同じ雑種の女の子であるものの、肩の辺りで綺麗に切りそろえてある茶色と白の混じりの髪は、黒一色の私には羨ましい。
それに彼女は顔も可愛い。
目はくりくりっと大きく、色白の肌に頬だけが化粧をしているように薄っすらと桜色をしている。髪の上からぴょこんと突き出した耳の形が左右完璧と言って良いほど対象で、これがまたポイントが高いのだ。
地味一色のあーしとは全く住む世界が違うようなシャミだが、なぜか波長が合うのと、偶然にも六年間同じクラスだったこともあり、あーしにとって親友と言っても過言ではない存在である。
「大丈夫?おーい……ナツメー……?」
シャミが、あーしを現実世界へ呼び戻すように手のひらをあーしの目の前で左右に振った。
「はっ……!あ、あー、大丈夫大丈夫!」
「全く……。六年間の思い出に浸ってたの?」
ニヤケながら言うシャミに、あーしはにゃははと笑って答えた。
改めて周囲を見回すと、先生が最後の学活を行っている最中、先生の話を聞いているのは保護者くらいなもので、クラスメイト達は各々好き勝手に喋ったり、卒業アルバムにメッセージを書き合ったりしていた。
「はい、これ吾輩のアルバム」
シャミから卒業アルバムを手渡されると、真っ白なページには多数のカラフルなメッセージがすでに書き込まれていた。
「ナツメの分は大きく取っておいてあるからね」
シャミが指をさした箇所は、なるほど確かにカラフルなメッセージに囲まれるようにして大きく空白が空いていた。
「ありがと」
「親友だからねぇ」
シャミは照れたように頭を掻いた。
「ね、ナツメのアルバムにもメッセージ書かせてよ」
「あ、うん。あーしのは……」
「あーし?」
「……」
「ん?どした?」
「あ、あはは……吾輩のは、えーっと、あーし……足元に置いてたっけなぁ?」
ダメだ。決意したはずなのに、親友の前ですら恥ずかしさから吾輩を捨てられなかった。
恐るべし吾輩の呪縛。
若干凹んだことを悟られないように、あーしはアルバムをシャミに手渡した。
シャミのそれとは違って、あーしのメッセージページは真っ白のままだ。
シャミもそれを見て、きっと何か思うところはあるだろうけれど、決してそれを口に出したりはしない。
何事も無いかのように、彼女らしいピンクの可愛い色ペンを取って何やらさらさらと書いてくれている。
そんな彼女の優しさがとても嬉しい反面、あーしは酷く自分を情けなく感じた。
そうだ。あーしは変わるんだ。
シャミのように誰からも愛されるような、圧倒的猫ギャルになるんだ!!
意を決してあーしは、パステルカラーの黄色いペンを取り、シャミのアルバムにメッセージを書いた。
―――あーし、今日からギャルになるけど、これからも仲良くしてねミ☆
最後の学活が終わり、名残惜しいクラスメイト達はまだまだお喋りを続けていたけれど、あーしはシャミにだけ挨拶してお母さんと家に帰った。
帰路の途中、前々からお願いしていたコンタクトを作りに行って、分厚い眼鏡とは(お母さんから捨てるのは勿体ないから、家でコンタクトを外した時に使えと言われたが)事実上おさらばした。
さらにドラッグストアに寄って髪を染めるヘアカラーを買った。
―――さあ、準備は整った。Are You Ready?
お風呂に入ると共に、黒髪に別れを告げながらヘアカラーをこれでもかというほど塗り、数十分の放置。見事に滅茶苦茶金髪に仕上がっていたようで、お風呂上りに鏡で自分自身を見たあーしが「ふにゃぁっ!?」と変な声をあげたのに驚いたお母さんは、あーし以上に声をあげて驚いていた。
仕事から帰ったお父さんも、あーしを見て家を間違えたと思ったのか慌てて「間違えましたー!!」と飛び出して行きそうになったところを母が止めたほどだ。
そうこうして若干の苦言を呈されたりはしたものの、あーしの変わりたいんだという情熱は伝わったようで、まあこれからも頑張る?というよくわからないところに着地して話は終了した。
夕飯も終え、部屋に戻ってベッドに寝転ぶと、手鏡を取って改めて自分の姿を確認する。
長年の三つ編みが癖になっているせいか、金色に輝く髪は緩く自然にウェーブしていて、逆に良い感じになっている。
コンタクトも良い感じだ。
やはり分厚い眼鏡は視野も狭くなるというもの。
こうして見るとあーしも決して可愛くないわけではないような気がする。
目は少しつり目気味だし、眉毛も少し上向きなことがあって気が強そうに見えないこともないが、よく言えばちょっと小生意気な?小悪魔系な?そんな感じのギャルになれる気もしないでもない。
鼻もシャミほどすっとはしていないが、決して悪い形ではない。
唇も気をつけてリップクリームを塗っているから潤っている気がする。
金髪から飛び出した黒い耳も逆にアクセントになっていて良い感じ、と思えなくもない。
うーん……。見えなくもない。思えなくもない。気がしないでもない。我ながらなんという自信の無さ。
自信を持てあーし!今日からあーしはギャルになったんや!!
「そうだ!」
あーしは手鏡を置いて、卒業アルバムを取り出した。
シャミと書き合ったメッセージ。
お互いに家に帰ってから見ようと約束してまだ見ていなかった。
きっとシャミなら今の私を勇気付けてくれるようなメッセージを書いてくれているはずだ。
分厚くて赤茶色の皮張りの表紙をめくるとパリパリと音を立ててアルバムが開いていく。
六年間の思い出たちの一瞬一瞬が切り取られていて、その中でもやはりあーしは隅っこにひっそりといて、憂鬱な気持ちになりそうになったところでメッセージのページがやってきた。
ピンクのインクで、シャミらしい可愛い丸文字だけど、ページを全て使い尽くすように大きな言葉がそこにはあった。
―――ナツメへ。
―――どうか変わらないそのままのナツメでいてね!これからもよろしくね!
―――ずっと親友だよ!
「ふぅ……」
アルバムをパタリと閉じた。
「シャミ、ごめーーーーん!!もうかなり変わっちゃったーーーーー!!!!」
あーしの魂の叫びが、穏やかな夜の闇に吸い込まれていった。