従者の散歩
主と従者の平和な昼過ぎ。
何気ない彼女達の様子を切り取った、そんなお話です。
日差しは柔らかく、春風はゆったりと頬を撫でる。一面の薔薇は赤く輝き、全身を揺らして喜びを歌う。遠くにそびえる城壁は、そんな薔薇を楽しむ観覧席のように見えた。歌声を楽しみながら、私は遊歩道を歩く。太陽を讃えるような石の温もりを、厚い靴底越しに味わう。特等席で聴く歌は、とても美しい。
「ふふ、とてもいい天気ね。」
私の隣を歩くドレス姿の女性もまた、歌うようにそう言った。
「はい、正に御散歩日和でございます。」
「こんな日にはお城から出て、街や森に出てみたくなってしまうわ。」
歌うような声は大人しい人物を連想させるが、彼女は度々街や森に出てはガチョウや鶏の丸焼きを食べたり、弓を担いで鹿を追ったりする。遊び相手として幼い頃より彼女と過ごしたが、私では力不足になることも多かった。
「では、すぐに護衛隊を招集致します。」
素早く踵を返すつもりだった。
「いいの、あまり振り回しては彼等も疲れてしまうわ。」
「しかし、姫様の望みであれば――。」
彼等も喜んで、と言う前に彼女は一歩、二歩前に進んで振り返る。その微笑みはこの日差しのようだった。
「ニーサとの散歩は、それだけ楽しいのよ。」
「…光栄にございます。」
そう言う声も、軽く下げた頭も全てはいつも通りだった。だが、顔だけが自分のものではないかのように熱かった。何とか冷えるまで待ち、顔を上げると彼女はまだ微笑んでいた。この時だけは薔薇の赤さが目に刺さるくらいだった。
「ふふ、少し疲れてしまったかしら。」
「い、いえ。決してそういう訳では。」
見透かしたような口振りに、気づけば頭を下げる理由を探し始めていた。
「隠さなくてもいいのよ。丁度私もニーサの淹れたお茶を飲みたい気分だし、そろそろ帰りましょう。」
…少し勘違いをしていたようだ。さわさわと揺れる薔薇達は、どこかからかっているような気がした。
「かしこまりました。」
城に向かう道に進み、私達は再び歩き始めた。城壁に囲われた薔薇の庭。そこで敬愛する彼女と過ごす一時は、何ものにも代え難い。頭の中で紅茶に添えるお菓子を選びながら、そんなことを考えた。
最後までありがとうございました。