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最終話

 アルフが逃げ出したのを皮切りに、森の中では戦いが始まっていた。

 幹部の男が連れている魔物たちは数こそ多いものの、一体一体はリーシェやガンドレンを手こずらせる程質が高くなかった。

 問題は男、いや、すでに人間の形をやめて巨大なトカゲのような姿に変貌した魔王軍幹部ゼフだった。鱗のついた緑色の四肢が地を這い、尖った口元からは赤色の長細い舌が垂れ下がっている。

 

 魔物特有の黒味が濃い血がべったりと付着した自分の腕を、ガンドレンは見下ろしていた。確かにゼフの腹を貫いたはず。体内を通過した腕に証拠として血が残っているのに、ゼフは倒れない。


「どてっ腹に穴開いてんだぞ。なんで死なねぇんだトカゲよお」

「私は魔王様の肉体の一部から生まれた分身のような存在だ。姿形を変えることもできればこんなこともできるぞ!」


 外気に晒されていたゼフの断面がみるみる内に塞がっていく。要した時間ものの数秒で完全に傷がなくなり、傷痕もない青緑色の鱗が鈍く光る。

 ゼフが爬虫類のような目を挑発するように細めた。


「再生能力があるの、厄介な魔物ね。それなら破片も残さずに一気に焼いちゃえばいいでしょ」

「俺を巻き込まないように頼むぞリーシェ!」


 前衛にいたガンドレンが後退して魔物たちから距離を取った瞬間、その空間一帯が呼吸すれば肺を焼かれるような灼熱に包まれた。闇を赤く切り取るような魔法を受け、断末魔を上げる魔物たちが塵芥と帰し、植物たちは音もなく炭となって炎が消えると、元は活力を持つ違う何かだった灰だけが漂っていた。


「ふう、こんだけやればさすがに復活できるっていってもどうにも……」


 ならない、と言葉を続けずにリーシェは口をつぐんだ。


「しぶといにも限度があるだろが。しつこい男は嫌われるのを知らねぇのか?」


 黒ずんだ点のようなものが膨張し、白い骨を形成、その上にピンク色の肉、外皮、鱗と層を重ねていき、寄り集まる。足、腕、尻尾ができる。窪んだ眼窩に目玉が作られ瞳が開き、鳥の嘴のような口からチロチロと舌が出たり入ったりを繰り返す。ゼフは完全に復活していた。その際に周囲の魔物の魔力を吸収したのか、一回り体が大きくなっている。


「生憎と聖剣以外の攻撃では死にたくても死ねないのだ。ああ、嘆かわしいな勇者の仲間たちよ。唯一私の命に届く勇者は腰抜けの餓鬼で尻尾を巻いて逃げた! お前たちは終わりだ。勇者もすぐに同じ場所に送ってやるから心配するな」


 跳躍したガンドレンの蹴りがゼフの頭を打ち抜いた。頭蓋骨を粉砕される嫌な音が鳴ったが、ゼフは頭を振ると羽虫にでも食われたかといった表情でため息を吐く。木の枝を足場にし、小動物のように身軽に飛び回るガンドレンが追撃を加えるも、ゼフの巨体をいたずらに揺するだけで、効果はない。


「鬱陶しい奴め、無駄だと言ったろうが!」


 尻尾の陰が、ガンドレンの頭上を覆い、振り下ろされる。両腕を交差して直撃を防いだガンドレンだが、骨が折れたのか腕に痺れるような痛みが走った。

 ゼフの口元に魔力が集中し、青い球体となる。濃密な瘴気を包み込んだ魔力の塊。


「くそっ!」


 身を挺して攻撃を防ぐ構えを取ったガンドレンがリーシェの前に立つ。

 ガンドレンたちはたとえ倒せないとしても、ゼフを野放しにして逃げ出すわけにはいかなかった。アルフが聖剣を捨てている現状は魔王軍にとってこの上ない好機、二人が姿を消せばゼフは近くにある都市を襲撃してでもアルフの息の根を止めたがるだろう。

 青い球体がゼフの口を離れてガンドレンたちに一直線に向かって来る。

 その瞬間、黒い何かが球体とガンドレンの間に割り込み、爆発音が轟き、火花のような青い光が弾けた。何者かがそれを逆光に振り返る。


「質屋の主人を夜中に起こすのは苦労したよ」

「ア、アルフ!」

「もう! 遅いんだから!」


 舞い戻ってきたアルフの手には、あるべき場所に戻った聖剣が握られていた。



 驚きの表情を浮かべるトカゲの魔物を僕は睨みつける。大方の魔物は消滅しているのにまだ生きているということはこの魔物こそが男の姿をしていた魔王軍幹部と見ていいだろう。漲る魔力も普通の魔物とは比較にならない。

 幹部の魔物は段々と落ち着きを取り戻し、裂けるように口角を上げた。


「お前に対する評価を改めねばならんな勇者よ。逃げ出したふりをして聖剣を取りに行くとは、まんまと騙された」

「間違ってないさ、演技でもなく僕は本当に勇者をやめようとしてたんだ。だけど、約束してたことを思い出した」


 僕は剣先を幹部の魔物に掲げる。細い瞳孔が広がり、舐めるような視線が聖剣の先端に向けられた。


「託されたんだ、多くの人を導いてくれって。僕はその意思を受け継ぐことを決めた」

「残念だったな、お前の覚悟はこの場でその立派な心意気もろとも消える。この私によってな」

「試してみろよ」


 首をもたげていた幹部の魔物が素早く動くのと、僕が大地を蹴るのは同時だった。

 ずらりと並んだ鋭い牙が目前に迫る。落ち着いて空中で身を躱し、すれ違いざまに脳天めがけて聖剣を突き立てた。手元にぬめりのある皮膚を剣が刺す柔らかな感触が伝わる。

 思い切り柄を握り締め、頭を始まりとして首から体の中心を通り、尻尾にかけてを切り抜けた。

 

 巨大なトカゲが縦に真っ二つに分かれ、切断された半身が音を立てて草の上に崩れ落ちる。二、三度痙攣すると後はもう動くことはなく、他の魔物と同じように幹部の魔物も細かな粒子となって空中に霧散した。

 聖剣を鞘に納めた僕はリーシェとガンドレンと向き合う。僕がいない間に激しい戦いをしていたのだろう、二人とも血が止まっていない生傷がいくつもあった。


「その……、遅れてごめん」

「結果良ければすべてよしっていうだろ、俺は気にしねぇさ」


 やれやれと言った様子でガンドレンは肩を竦めた。もしかしたら彼にはこうなることが予期出来ていたのかもしれない。

 僕が頷こうとすると、リーシェが凄い速度で突進してきてそのまま抱きついてきた。

 いきなりのことに僕は目を瞬く。


「じぬかとおもっだ! 戻ってぎでくれでよがったぁー!」

「うん……」

 

 涙ながらに言われて僕は身じろぎするが、首に回された両手が力強くて動けない。

 リーシェってば、杖を振るう代わりに剣を振るうのもありかもしれないな。


「旅はやめるの? それとも続けるの? 私としてはまだまだアルフといたいよ」

「それなんだけど、僕はやっぱり魔王を討ちたい。だから二人とも僕に力を貸してくれないか?」


 眼下でリーシェが激しく頷き、ガンドレンは任せろと言うように、力こぶを作って見せた。

 人助けが僕の大切にすべき性分。そしてレイラとの約束を果たすためにも、僕は進み続けるんだ。

 東の空には寝起きの太陽が顔を出し、空は水色を混ぜて明るみ始めていた。


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