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四話

「そんなっ!? どうしてなんですか?」

 

 男の顔は希望を失い青ざめていき、唇が震えている。

 リーシェの視線が僕と男の間を行ったり来たりして、バツが悪そうにしていた。

 

「僕がさっきの女性を助けたのは目の前で事件が起きたから。盗人が逃げ去る前の、まさに偶然のタイミングだったからなんだ。だけど、あなたの息子さんのことは僕にはどうしようもない。手が届かないんだもの」

「自分の前で息子が魔物に襲われでもしない限り、あなたは助けないということですか?! ひどいことを言う! あなたはそれでも勇者なのですか!」

「……僕が勇者だって知っていたのか」


 勇者が旅をしているという噂自体は国全土に広がっているだろうから、既知であったとしても不思議じゃない。だけど、顔や体格などの特定できるような詳細な特徴まで伝わってはいないだろうし、この都市を訪れたのも初めてになる。彼が勇者の目印である聖剣を持っていない僕を勇者だと断定したのには驚いた。


「どこかであったかな?」

「え、えっと……、私はまとまった休日をとって他の都市に観光に行くのが趣味でしてね。あなたのことも以前お目にかけたことがあるんですよ」

「そうなのか、とにかく僕はあなたの息子を探しには行かない。悪いとは思うけど、僕に勇者と名乗るほどの善人性を期待しないでくれ」

 

 結局僕は単なる一般人。何の因果のずれか、たいそうな役割に選ばれてしまったが僕の器の大きさでは足りなかった。世界は広いのだから他の誰か適任の人物がどこかにいるはずだ。

 僕が背を向けて立ち去ろうとすると、老人は膝を地面につけてうなだれた。

僕は老人を置いて歩みを早める。胸を針で刺されたように感じて、服の上からぎゅっと心臓のある位置を握りこむ。砕けた良心の破片が暴れる痛みは、しばらく消えなかった。


 カジノへの道中で、僕たちは三人とも誰も口を開かなかった。男に手を貸さなかったことでリーシェとガンドレンにも僕に対して罵倒の言葉の一つや二つあるかもしれない。だが、それが表出することはなかった。

 

「ここがカジノかぁ。豪華な衣装の金持ちがうようよいやがる。俺は生まれてこの方街より自然の中で暮らすことが多かったからよ、どうも地に足着かんな」

「ガンドレンだって今は彼らにも負けない立派な身なりをしてるよ、自信持ちなって」

「おう、そうだったな!」


 ガンドレンは襟を正し、背筋を伸ばした。

 カジノの客たちの中には大柄の護衛を帯同している者もいるが、そんな彼らよりも一回りも二回りも大きいガンドレンはとても目立つ。広い施設内でも迷子の心配はないな。


「アルフ、あの人たちは何者なの?!」

「んん?」


 指でリーシェが示す先には、飲み物の入ったグラスを乗せたプレートを片手に客たちのあいだを船のように渡り歩くバニーガールがいた。

 動物の耳を模した飾りを付けて愛想を振りまく姿にギャンブルそっちのけの男たちがいるのも納得がいく。


「あれはバニーガールだよ。客じゃなくて店員で、飲み物の給仕とかをしてるんだ」

「カジノって刺激が強いのね……。アルフ、骨を投げられた犬みたいに涎垂らして追いかけちゃだめだからね」

「分かってる」


 視界の端で、男が連れの女に胸ぐらをつかまれて頬をぶたれていた。僕はああならないように気を払おう。リーシェは華奢な腕にこちらの想像を超える膂力を秘めているから、喰らえばただじゃすまなそうだ。


 ルーレット、カード、スロットなど利用者の需要を満たすたくさんの種類のゲームが用意されている。僕たちは手持ちのお金を三等分して、各々が自由に遊ぶことにした。

 二人と一旦分かれた僕はスロットの台に座り、絵柄の回転しない画面を眺めていた。

 頭の中に、僕が要望に応えることはできないと断ったときの男の顔が鮮明に浮かび上がってきた。宝物のように育ててきた息子の安否が不明となり、眠ることもできず、縋るように僕に助けを求める。だが、淡い期待は無残にも溶ける結果となった。


「だって、仕方ないじゃないか。誰かのために行動し続けても、報われるとは限らない。そんなのって……」


 握った拳を金槌のようにして、画面を叩く。

 隣の台に座っていた男がぎょっとしてこちらに顔を向けた。


「どんだけ負けたのか知らねぇが、物に当たるのは良くないぞ、お兄ちゃんよ。俺だって今日だけで、向こう一週間飯抜きになるくらい負けちまったけど我慢してんだぞ!」


 言い分は正しいが、後半の方はもはや八つ当たりだ。

 つばの広い帽子を被った男は目の下から首にかけて一枚の布で巻いており、サングラスを身に付けているのでこちらから瞳を覗くことはかなわない。誰かに正体がばれたら困ると大々的に宣伝している怪しい風貌だ。


「わるい、少し悩み事をしていたんだ」

「若者に悩みはつきものさ。俺はいい年したおっさんだがよ、毎日毎日悩みごとが湯水のように出てきやがる。まぁ、だいたいは自業自得なんだがな!」


 男が高笑いすると、布越しにくぐもったしわがれ声が出てくる。

 

「だがな兄ちゃん、俺はやりたいことをやってるんだ」

「我慢しようとは思わないのか? 賭け事をやめればもっと安定した生活ができるはずだ」

「無理だね、なんてたってこれが俺の性分なのさ! お前さんにもそう言ったもんがきっとあるだろ? 俺の場合は褒められたもんじゃないがな、お前さんも自分のいいと思えるところは肯定した方が人生楽しいぞ」

「性分か……」


 その時、肩を叩かれ、振り返ると申し訳なさそうな顔をしたリーシェとガンドレンがいた。

 ゲームを切り上げるには早すぎるが、飽きてしまったのだろうか。


「その……ね? 私は私なりに頑張ったんだよ? それだけは言わせてほしい」

「何言ってるんだ?」

「要は俺たち二人とも金を全部使い切ったんだ、勝負には負けたが清々しい気分! はっはっは!」

「はぁ?! 全部使っただって!? あれだけあればどんだけ豪快に使っても一日は持つだろ」


 僕が立ち上がると、


「まったく手間のかかる弟子を持ったもんじゃわい」

「えっ?」


 呟くような男の声を僕は聞き取ることができなかったが、聞き返す間もなくリーシェたちに引っ張られてスロットコーナーを後にした。

ガンドレンが負けた理由は非常にわかりやすいものだった。

最初の勝負。様子見をすることもなく初っ端から全額を賭けて、結果、ものの数秒で恐ろしいほどの大金がディーラー側に入っていったのだ。

豪快な性格のガンドレンならやりかねないことだ、あらかじめ注意しておけばよかった!


リーシェは始めこそ手堅くやっていて、損失も微々たるものだったらしい。ところが、同じ卓を囲んで隣に座っていた女がまずかった。

その女は多額の資産を保有していて、カジノでも大勝負をする人物として有名だった。ちびちびと勝負していて楽しいのか? やるなら大きな夢を勝ち取らなければ! とリーシェはうまく乗せられて、いつの間に一文無しになっていたのだ。


「私の手持ちだけで、ううっ、聖剣を取り戻せるくらい稼ごうとしたのにい! だめだったあ!」


半泣きになりながらリーシェが訴える。まだリーシェは僕が勇者に復帰することを諦めてないようだ。

優しい言葉を矢継ぎ早に投げかけて慰めると、拍子抜けするくらいあっさり元気を取り戻した。


「聖剣の分は置いといて、なくなった分は回収しときたいな。僕はまだ一銭も使ってないから元手はある」


 僕はギャンブルには自信があった。


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