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三話

 リーシェがパーティに加わったのは三か月前のことだ。

魔王軍の幹部が住み着いているダンジョンへ向かう途中に立ち寄った人里離れた集落。

 リーシェはそこで魔法の寵愛を受けた選ばれし子と祭り上げられ、王国直属の魔法使い達すらもしのぐであろう実力で集落を守護していた。

 

 だが、その集落には恐ろしいしきたりが存在していた。

 十年に一度、集落の安寧が維持されるように、住人たちのなかで一番巨大な魔力を持つ者を生贄として捧げるのだ。当時生贄にされようとしていたのがリーシェだった。住人たちはしきたりだからという理由だけで、容赦なくリーシェを天への供物として焼き殺そうとしていた。


 彼女はそれが当然だと教えられ育てられていたが、どうして自分が死ななければいけないのかと悩み続けていたらしい。残酷な運命が決まっているのならば、魔力なんてなければよかったと涙を流していた。

 だから、集落を抜け出さないかとリーシェに提案したとき、彼女は水色の瞳を輝かせて強く賛同した。

 住民たちの強い反感を買ったが、これまで大人しくしきたりに従っていたリーシェが強い拒絶を示したことで、住民たちはあっけにとられてついには諦めた。


「一人では立ち上がることができなかったけれど、アルフが手を差し伸べてくれた。外の世界へ引っ張り出してくれたの」


 そう言って、リーシェは僕たちの旅を献身的に支えてくれる大切な一人になった。


「このスカート、ちょっと試着してみただけだから、また戻さなきゃ」

「いいや、それも買おう。他にも欲しいものがあったら言ってくれ」

「あんまりお金を使いすぎると聖剣を取り戻すことができなくなっちゃうよ?」

「仕方ないさ」


 何度言われようと、やはり僕にはもう旅をつづける気力はないんだ。どうせならぱっと使ってしまった方が、これまでの苦労も報われるというもの。

――命を落としてからでは手遅れなんだ。


 当初の予定を大幅に上回る量の商品を買い込み、商売繫盛を喜ばしい笑顔にで表現した店員たちに見送られて、僕たちは店を後にした。

 さて、次はどこに行こうかな。実物を得る消費も悪くないが、形を持たないもの。スリルのための消費がいいんじゃないだろうか。


「よし決めた! カジノに行こう!」

「ええっ?! アルフ、ギャンブルなんてしたことあるの?」

「ふっふっふ、舐めないでくれよ? 山で切った木を街に届ける時に何度か行ったことあるんだよ」

「賭け事か。力ずくで解決できないのは得意じゃないがそれも悪くないな。でけぇ都市だし、金持ちどもの娯楽のためにカジノも相応のもんがあるだろ」


 意見もまとまったことだしカジノを探そうとした時、空気を裂くような女の悲鳴が耳朶を叩いた。素早く振り返ると、道の真ん中に腰が抜けたように座り込んだ女性、その視線の先にバックを脇に抱えて走っている男がいる。窃盗の現場に出くわしたようであった。


「往来でやんちゃしやがる奴もいるもんだなあ」

「助けなきゃ! ってあれ? アルフは?」


 無意識のうちに駆け出していた。人の群れの隙間をほとんど減速なくすり抜け、飛び越え、潜り抜け、僕の思考が追いついたころにはもう逃げている男が目の前にいた。軽く足をかけてやると、


「うおっ?!」


 勢いそのまま男は地面に前のめりに倒れ込み、何度も転がった末にやっと停止した。

何が起こったのか分からないと言った顔できょろきょろと辺りを見回し、遅れてやってきた痛みで呻き声を出した。顔を地面に打ったのか、鼻からは血が流れていた。


「あの女の人から盗ったものを返すんだ。お前がこけても手放さなかったそのバックだよ」

「う、うるせぇ! 怪我したくなかったら離れやがれ」


 男は地面に座り込んだまま、ポケットから素早くナイフを取り出して見下ろしている僕に突きつけた。柄を握る手が震えていることから、必死の抵抗であろうことが察せられる。

 単なる刃物ならば、僕の体は傷一つつかない。

 ナイフの刃を握り込み、子供からおもちゃを取り上げるようにして、男の手から抜き取った。


「ひ、ひぃぃぃぃ!? 化け物かよ!?」

「失礼だな、見ての通り人間だよ。ちょっと頑丈なだけ」

「盗ったものなら返すから殺さないでくれぇ!」


 男は観念したようで、駆けつけた衛兵によって連れて行かれた。心なしか、衛兵が来て手かせをはめられたときに安堵していたように見えた。男と対峙したとき僕は余程怖い顔をしていたのかもしれない。


 バックを持ち主に返すと、「ありがとうございます」と何度も礼を言われた。生活のための大切なお金が入っていたらしく、もし奪われていれば路頭に迷う羽目になっていたとのことだ。

 そうならなくて一安心だな。


「久しぶりにいい笑顔してるじゃないの。魔王退治はやめにしたけど、人助けはやめられないみたいね」

「癖ってぇのは意識してもすぐには変わらないもんさ。アルフ、おまえには随分と勇者らしい癖がついてんなぁ」


 リーシェとガンドレンがニヤニヤと口元を緩めながらこちらに歩いてくる。照れくさくなって、僕はそっぽを向いた。こいつらめ、わざとらしく言ってきやがって。


「目の前で物取りが起きたら、勇者だろうとなかろうと行動するよ」

「実際に助けようと考えはしても、すぐに動ける奴ってのはそうそういねぇ」

「この場ではたまたまそれが僕だっただけさ」

「意地っ張りなんだから、素直に認めればいいのに。『僕は困っている人がいたら助けちゃう主義の人間なんです』って」


 頑なな僕の腕をリーシェが杖先で小突いてくる。さっき買ったばかりの新品、赤く輝いている宝玉の丸い形沿って服の生地が沈む。

 彼女の言う通りなのかもしれない。でも、だとしたら僕は報われるのだろか?


「あの、すいません」

「……あれ? どこかから声が?」


 気弱そうな声がするものの、出所が分からない。幻覚でも聞いただろうか、ストレスがたまらないように睡眠時間をもっと伸ばすようにしよう。

 ふと、ガンドレンの背後から飛び出すように小柄な男が現れた。


「私が呼び掛けてたんです。いやぁこの人が大きくって、私はすっかり隠れちゃってたみたいですね。すみません」

「おおっ、こっちこそすまなかったなぁ。それにしても、いつの間に背後にいたんだか。俺はあんたの気配なんざ全く感じなかったぞ」

「私の存在感がなさ過ぎたのがいけないんです」

 

 男が僕の前に来ると、その視線は僕の肩くらいの高さになる。野生動物のように鋭い勘を持つガンドレンが気付かなかったのも無理はない。


「先ほどの盗人騒ぎを見ていて感激しました。あなたはささっと混雑を躱すと、盗人の足を引っかけて彼を止めた! 鮮やかな手際でしたよ! そこでお願いがあるのです」

 

 意外なほど僕の動きを注意して追っていたみたいだ。

 気難しそうな顔をして男は僕の手を取ると、


「私の大切な息子を見つけて欲しいのです。昨日都市の外にある森へ行くと言ったきり帰ってこないまま。あの森は魔物も出ますから、心配で昨夜は一睡もできませんでした」

「衛兵に頼んでみたらどうかな?」

「もう衛兵の所へは行きましたとも。早くとも明日からしか動けないそうですが、もしそれまでに息子になにかあったら! 私に魔物を恐れない勇気があればいいのですが、他の子どもたちを残して死んでしまったらと思うと、悔しいことに私にはできないのです」


 男の目元には浅黒い隈ができており、いかに息子の身を案じているかを如実に表している。今までの僕だったら二つ返事で承諾して、彼のために親身になって捜索に乗り出していただろう。今までなら。

 

「……すまないけど他をあたってくれ」



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