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二話

 勇者になってからは王都に召集されたのち、仙人と呼ばれている人物の住む霧深い渓谷へと向かった。仙人に師事して勇者としての素養を伸ばすために。

 僕はわりと木こりとしての才能はあるんじゃないかと密かに思っていた。同業者よりも圧倒的に仕事が早かったし、斧を修理に出しているときに手刀で太い幹をぶった切って驚かれたからだ。それこそが勇者の素養の欠片だったようだ。


 仙人は立派な白いひげを生やしたおじいちゃんで、背も曲がり、激しく運動すれば骨という骨が片っ端から連鎖して折れるのではという風貌だった。けれど、僕の心配なぞどこ吹く風とばかりに機敏な動きをする達人であり、剣の振り方などの戦闘技術の基礎は彼から学んだ。


 師と言えば聞こえはいいが、僕としては願わくばもう会いたくない所存だ。修行とかこつけて僕を魔物が徘徊するダンジョンの奥底に置き去りにしたり、自分に攻撃を当てられなければ飯抜きだと言って、僕は五日間絶食する羽目になったりした。

 半年間の修業の間に何度逃げ出してやろうと思ったことか。それでも頑張った。――頑張れたんだ。


「お待たせしましたお客さん!」


 顔を上げると質屋の主人の笑顔が目の前にあった。奥のカウンターには硬貨が入っているであろう袋が置かれている。どうやら聖剣に値するだけの金を用意できたようだ。まだ一時間かそこらしか経っていないのに、迅速な仕事だ。

 

「お客さん、最後にもう一度確認しますけど、本当に聖剣を質に入れるんですね? 私が言うのもなんですけど」

 

 金を受け取る段階になって、主人が尋ねてきた。

 僕は二人の方をちらりと見る。

 ガンドレンは腕を組み、窓から差し込む光を食べるように大きく口を開いて欠伸していた。

 リーシェは両手の間で杖を行ったり来たりさせてそわそわしている。そこには心配の色合いも見て取れた。

 二人とももう止めようというつもりはないようだ。止められていても、僕の行動は変わらなかっただろうが。


 質屋は大通りに面しているので、店を出るとすぐに人波の喧騒が鼓膜を揺らす。

 商業都市というだけあり、そこら中に店の名前が書かれた看板が散見され、露店では店主が声を張って商品のアピールをしている。

 石造りの幅に余裕のある道を談笑する人々が闊歩し、荷車を積んだ馬車が蹄の音と嘶きを伴って現れると、皆それを避けて空間ができる。


「僕、王都に行ったことがあるけどこの都市の活気は王都にも負けてないな」

「いいなあ、私は一度も行ったことがないや。ねぇアルフ、旅が一区切りついたら王都に連れてってよ」

「もう魔王を倒す旅はやめにするって言ったろ。その覚悟に聖剣をお金に換えたんだ」

「人助けの旅ってことにすればいいじゃん! ガンドレンもいまさら好きにしろって言われても困るよね?」

「ほへ?」


 ガンドレンは瑞々しい赤い果実にかじりついているところだった。何もしゃべらないと思っていたら、間食を購入していたらしい。さっき昼飯に肉を山盛り食べていたはずなんだけどな。

 何度か無精ひげの生えた顎が上下してから、


「旅路で魔物と戦えるってんなら俺は何が目的になろうとかまわねぇぜ。魔王と戦えないのはちと残念だけどな」


 二人は無理に魔王と倒さなければいけない使命や責任を負っていない。だからこそ、僕にこれ以上ついて来る必要はないし、命がけで戦う生き方よりも、平和な生き方を選んで欲しいという願いもある。


「私はアルフの力になるために生きようって決めてるの。どんな危険な目に合おうと、アルフが断ろうと、それは変わらないからね」

「――ありがとう。とりあえずリーシェの杖とガンドレンの服を買いに行こうか。お金もたくさんあるし、奮発して高級な店に行っちゃおう」

「俺はこのままでいいのによ」


 血管の浮き出たガンドレンの筋肉に力が込められて、生き物のように蠢く。

 力を自慢したいのは分かるが、ぼろぼろの服でそれをやられたら単純に怖い。今も、正面から歩いてきた親子連れが、怯えた顔をして祈るように横を通り過ぎて行った。


「おいおい、何をビビってんだろうな? 魔物でもいるのか?」

「お前に威嚇されてるのかと思ったんだろうよ」


 しばらく歩いたのち、街一番の規模を誇る武具屋についた。

 看板に書いてある説明では、魔法使いや格闘家、戦士や弓使いに至るまで、多種多様な職業のための装備を用意しているようだ。

 中に入ると、金銀に輝く金属で作られた頑強な鎧や、名のある名工によって打たれた剣や盾が置かれている。こんなのが使えれば、戦闘ももっと煌びやかになるだろう。


「違う違う」

 

 頭を振って、戦いに関しての思考を追い払う。今は二人のための買い物に来たんだ。役立ちそうなアイテムがあっても目を奪われちゃいけない。どうせ戦うつもりのない僕には意味ないものなんだから。

 

「見てみて、この杖、私に似合うかな? 魔力増幅の効果も今使ってるのより高いみたい」

 

 リーシェが天辺に、赤色に輝く宝玉がはめ込まれている魔法使い用の杖を突き出してきた。

 杖が似合うかと聞かれても、僕はその辺の美的感性は鈍いと自覚しているので分からないというのが本音だ。でも、女の子の持ち物に対して、マイナスなことを言って良いことがあったためしがない。

 当たり障りのない答えこそが最適解だな。


「いい感じだね、この光ってる石が特に素晴らしいよ。うんうん、似合ってる!」

「そうかなぁ、ちょっと杖の持ち手が握りにくいからあんまり気に入らないんだけどね」

「……そんなの分かる訳ないだろ」


 他のも見てみる、とリーシェは魔法使い向けの売り場に去っていった。


「はっはっは、女の気持ちってのはわかんねぇ時もあるもんだ」

「ガンドレン、どうだ? 丈夫な戦闘服はあったのか?」

「あるにはあったんだがよ、どうもサイズが合わなくて店員に倉庫を探してもらってるところだ」


 太い指でガンドレンが頭を掻く。

彼の体躯では特注のサイズでなければ収まらないので、毎度装備品を整える時は苦労する。

 初めてガンドレンに会ったのは、奇妙な魔物が出ると噂の山中でのことだった。爺仙人の修業から解放された僕が魔王を倒すための旅を始めた矢先。鍛錬のために入山した彼が魔物と勘違いされていたと知ったのは後になってからだ。

 

 草木を掻き分けて探索を始め、やがて彼と遭遇すると、目が合った途端に飛び掛かってきた。僕のことを丁度いい鍛錬相手だと認識したらしい。そのまま三日三晩に渡る激しい格闘の末、力を使い果たした僕たちは互いの実力を認めた。山が半壊してしまったのも今となってはいい思い出だ。

 

「アルフ、これはどうかな?」


 背後からリーシェが呼び掛けてきた。またもや僕の美的感覚が試験を受けるらしいが、次こそはうまくやってやるぞ!

 色々な褒め言葉を考えていた僕だが、振り返ってリーシェの姿を見たらそれらすべてが一瞬で消え去ってしまった。


「スカートか……」


 いつもは薄紫色のローブで全身を包んでいたリーシェが、フリルのついた空色のスカートを身につけていた。

 くるりとリーシェが一回転すると、スカートの裾が空気を含んで膨らみ、赤みを帯びた膝頭が鈍く光る。僕は抜けかけていた意識の首根っこを掴んで引き戻した。


「すごく、似合ってるよ」

「可愛いかな?」

「うん、とっても」

「それなら良かった!」


 リーシェが咲くように笑った。わざわざ用意しなくとも、称賛は喉につっかえることなくすんなりと出た。

 膨大な魔力を持ち、数多の魔法を使いこなす才があれど、リーシェには普通の女の子として生きる道もあるのだ。

 故郷を出たことでやっと彼女はそれを享受している。


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