はじめての魔物討伐
「ティナ! そっちに行った!!」
「お任せください」
転生して一か月が過ぎたある日、俺はティナと屋敷のそばにある森にやってきていた。
ここで俺は、はじめての狩りをやっている。
ターゲットは魔物だ。この世界では、魔物を倒すことでレベルが上がり強くなれる。
一般家庭の子供が五歳で魔物を倒してレベル上げをすることはめったにない。しかしシルバレイ家では代々、子供が五歳になると戦闘訓練を開始し、ある程度の力がついてくると魔物を討伐する訓練へと移行してきた。
シルバレイ家は、その領地に魔物が大量発生すると当主――つまり俺の父である伯爵自ら私有軍を率いて魔物の討伐に向かう。これは歴代の当主がおこなってきたことだ。弱い者に、シルバレイ家の当主は務まらないのだ。
三男とはいえ、シルバレイ家に生まれた俺も、強くなる必要があった。もちろん訓練中に子供が怪我をすることがないよう、高レベルの騎士が見守り、いざという時のために高位の治癒魔法が使える魔導士も同行するというのが習慣だった。
しかし、俺の魔物討伐訓練の同行者はティナだけ。高レベルの騎士以上の戦闘能力を持ち、高位治癒魔法が使えるティナがひとりいれば十分だと、父が判断したからだ。
今日までの一か月間、ティナと魔法や剣術の訓練をしてきて、彼女のすごさを十分感じていた俺は、父のその決定に素直に従った。
「アイスウォール!」
ティナの魔法で氷の壁が出現し、俺から逃げていた魔物の逃げ道がなくなる。
「ティナ、ありがと」
ティナと合流した。
「はい。それより気を付けてください。コレは弱いとはいえ、魔物ですから」
「うん、わかった」
俺は額に一本の角を生やした兎型の魔物──ホーンラビットに手を向ける。
ホーンラビットは氷の壁を角で破壊して逃げようとしていたみたいだが、ティナの魔法は強固だった。壁を破壊できないと悟った奴は体の向きを変え、唯一残された逃げ道である後ろ側──つまり、俺の方に向かって走ってきた。
「ハルト様!」
ティナが俺を心配して声を上げる。
でも、大丈夫。
俺の魔法はもう準備できていた。
「ファイアランス!」
できる限り細くした炎の槍が、俺に向かって飛びかかってきたホーンラビットの胴体を貫通する。
ホーンラビットはその一撃で絶命した。
「一撃で……。素晴らしいです、ハルト様」
「ティナの魔法のおかげで、こいつは真っすぐ俺に向かってくるしかなかったから」
「それでもいきなり魔物に飛びかかられて、冷静に対処するのはなかなかできることでは──ハ、ハルト様、大丈夫ですか!?」
気付くと、俺の身体は震えていた。
動かなくなったホーンラビットから噴き出した血液が、俺の足元まで流れてきたのを見たからだ。魔物とはいえ、初めて生き物を殺したことを実感していた。元の世界で生きてきた十七年間を含めても、直接動物を殺した経験なんてなかった。
「ティナ……。お、俺、生き物を──」
「ハルト様」
震える俺を強く抱きしめてくれた。
「ホーンラビットは弱い魔物です。直接ヒトに害を与えることはありませんが、その肉が美味なので多くの肉食の魔物がこれを狙って集まってきます。定期的に倒しておかないと、強い魔物を引き寄せる原因になってしまうのです」
ティナは、俺の行為を正当化しようとしてくれている。彼女の言うことは理解できる。理解しているつもりだった。でも実際は、何もわかっていなかったのだと気づかされた。
「ハルト様が生きていくのは、こういう世界です」
俺から離れたティナが、解体用のナイフを取り出して、ホーンラビットに近づいていく。この世界の魔物は、食用になるものが多い。ホーンラビットの肉も、これまでに何度か食べたことがあった。
「それも……。や、やる」
逃げてはいけないと思った。
「だから解体のやり方、おしえて」
「畏まりました。ハルト様は、お強いですね」
ティナから解体用のナイフを受け取る。
訓練の一環で何度か持ったことがあるそれは、今日はとても重い気がした。