後始末
アプリストスがアルヘイムに侵攻し、ハルトによって追い返された日の夜。
「くそ! なぜだ!?」
アルヘイムの王都が見渡せる大草原の側にある山で、一柱の悪魔が何かを殴りつけていた。
その悪魔の側にはボロくずのようになったアルヘイム国軍の元大将の肉体が転がっている。
何かを殴っている悪魔は、元大将と契約したアモンであった。
元大将はアモンと契約した際に、魂を抜かれており、その肉体にアモンが入っていたのだ。
だが、元大将の身体が使い物にならなくなり、こうして悪魔の身体で、己を閉じ込める何かを殴っている。
「なぜ出られない!? どうなっているのだこの結界は!」
アモンを閉じ込めるのは半径三メートルほどの球状の結界。
これが悪魔であるアモンの力をもってしても、破壊できなかったのだ。
アモンがいくら攻撃しても結界はビクともしなかった。
「くそがっ!」
こんなはずではなかった。
本来なら今頃、アルヘイムを陥落させ、エルフどもを絶望と恐怖のどん底にたたき落とすことができていたはずだった。
そして、得られる膨大な負のエネルギーはアモンの主である邪神の糧となるはずだった。
それをたったひとりの人族に阻止された。
「あの人族、ハルトとか言ったな。覚えておけよ……ここから出たら真っ先に殺してやる」
そんなことを呟くアモンに近づく人影があった。
「ふーん、俺を殺すのか」
「──!?」
ハルトがアモンの様子を見に来た。
「でも、そのためにはそこから出ないとな。出られるなら出て、俺を殺しに来いよ」
「きさまぁ! やはりこの結界は貴様の──」
「そうだよ。悪魔があのくらいで死ぬとは思ってなかったからな。殴った時に、何かにぶつかったら展開される結界をお前に付けといた」
アモンに付けられた結界は位置固定と、内部からの攻撃を拒絶する結界だった。
アモンがハルトに殴られ、この山に叩きつけられた時、結界が展開してアモンはこの場所から動けなくなった。
悪魔であるアモンを逃さないために、様々な阻害魔法を織り交ぜて作り上げた結界だ。
結界の内部では魔力を練ることすらできず、アモンは素手で結界の破壊を試みるしか無かった。
「人型の何かを殺すのは好きじゃないけど、お前を逃がすと、どこかの国が不幸になるかもしれない」
そう言ってハルトは手を空に翳した。
「──なっ、なんだその魔力は!? ま、まて、待ってくれ! なんでもする! もう二度とこの世界に干渉しないと誓う。だ、だから許してくれぇ」
アモンは悪魔である己より、今のハルトの方が悪魔に思えた。
それほどまでに膨大な魔力が自身に向けられていたからだ。
生まれて初めて心から懇願をした。
だが──
ハルトの手は、振り下ろされた。
「ホーリーランス!」
本来のそれとはかけ離れた、超巨大な槍が結界ごとアモンを貫く。
「く、そ──」
アモンは聖属性魔法によって完全に浄化された。元大将の肉体も同時に消滅した。
「とりあえず悪魔を倒せた。アモンは……確か邪神配下の序列第七位だったはず。結界も悪魔に効果があることを確認できた」
ハルトはひとり、状況を整理する。
ハルトの最終目標は、自分を殺した邪神に一発入れること。
そのために、アモンはハルトの実力を確認する実験台にされたのだった。
現状に慢心することなく、ハルトは今後も対邪神のための力を磨くことを改めて決意した。
そして、ハルトは自分の帰りを待つふたりの妻のもとへと転移していった。