何度でもふりだしへ
炎の騎士に囲まれ、身動きできなくなっている王子と左将軍のもとまでやってきた。
親衛隊が王子を助けようと動いたみたいだけど、その全員が炎の騎士によって取り押さえられていた。
炎の騎士が普通に触れると、消えない炎が触れた者に燃え移ってしまう。
だからわざわざ炎の騎士の体表に水魔法をうっすらコーティングして、触れても燃えないようにしてある。
敵にここまで気を使う俺は、自分でもかなり甘い奴だと思う。
「お、お前は人族であろう? なぜ同族の我らに剣を向けるのだ!?」
王子が顔を引き攣らせながら問いかけてきた。
お前らに突きつけてるのは槍だけどな。
「さっきも言ったけど、俺はアルヘイム第二王女リファと、英雄ティナの夫だ。妻の祖国を守って何が悪い?」
それに俺の母国グレンデールはアプリストスとは同盟関係にない。
他種属間だけでなく、人族同士の争いも絶えないこの世界において、俺が非同盟国と戦ったところで問題は無かった。
「さて、これで俺の目的はひとつ達成したわけだけど……お前らはどうする?」
「ど、どうする、と言うと?」
「俺が敵だって分かっても、まだアルヘイムに攻め入る気はあるか? ──ってこと」
「……もし、あると言ったら」
「答えなくても分かるだろ?」
炎の騎士が槍を王子と左将軍に近づける。
「ぐっ!」
「ひ、ひぃ」
左将軍は身を強ばらせ、王子は情けない声を上げた。
「でも、俺はあんまり殺しが好きじゃない」
そう言って、炎の騎士を引かせた。
元の世界で平和な国に住んでいた俺は、殺しとは無縁だった。
だから自分と同じ姿かたちをした者を殺すのには、少し抵抗があった。
だが、絶対に殺しをしないというわけではない。
ティナや、その他の家族を守るためであれば躊躇しない。
そうしなければ生き残れない。
ここは、そういう世界だ。
「見逃してくれるのか?」
「お前らを逃がしたら今後、この国に攻め込まないと誓えるか?」
逃げる敵を殺すのは気が進まない。
アプリストス軍が引き返すのなら、俺はひとりも殺さないつもりだった。
「誓う、誓うぞ 私はこの国に手を出さない!! だから逃がしてくれ!」
王子が土下座を始めた。
「私もこの国には手を出さないと約束しましょう」
左将軍もそう言うが──
「でも、お前らが来なくても他の奴が来るかもしれないだろ?」
「──!?」
「えっ?」
一万の炎の騎士を魔力に戻した。
膨大な魔力が大草原に漂う。
俺はその魔力を、予め準備しておいたあるモノに送り込んだ。
大地が揺れる。
大草原を覆い尽くすほどの巨大な魔法陣が現れた。
「ひ、ひぃぃ」
「なんだ!?」
「おい! 隊列を乱すな!」
「む、無理です隊長」
「魔法陣だ! 攻撃が来るぞ!」
「こ、こんな巨大な魔法陣……見たことがない」
「終わりだ。こんなの、逃げられない」
三千の私有軍と十万の国軍から悲鳴や、諦めの声が上がる。
「お前らにはこの国に攻め込むのが得策ではないという認識を広めるための、犠牲になってもらう」
「み、見逃してくれるのではないのか!? この私が、土下座までしたのだぞ!」
「お前の土下座なんか価値がないよ。俺の友であるエルフ族を滅亡させようとしてたんだ。その報いは当然、受けるべきだろ?」
俺の言葉を聞き、王子の顔から血の気が引いた。
左将軍が剣を抜き、俺に斬りかかってきた。
俺を殺せば魔法の発動を止められると思ったのだろう。
「死ねぇ!」
左将軍の剣が高速で俺に迫る──
だが、その剣は俺に届かなかった。
「僕、初めて強制帰還させられてすごくムカついてるんだけど」
シルフが左将軍の剣を受け止めていた。
「せ、精霊王シルフ!?」
左将軍が突如現れたシルフを見て驚愕する。
無理もない。
シルフは俺が強制帰還させたと、元大将から聞いていたのだから。
アルヘイムの守り神たるシルフがいなくなったと聞いたからこそ、国軍も安心してここまで進軍してきたのだから。
「ゴメンな。全部そいつらのせいなんだ」
「ふーん」
シルフから殺気が溢れ出る。
至近距離にいる王子、左将軍はもちろん大草原に居る全ての兵がシルフの殺気で恐慌状態になった。
「君らが攻めてきたせいで、僕が強制帰還させられたんだけど。そのこと、どう思う?」
左将軍は最も近距離でシルフの殺気を受けたため、ガクガクと身体を震わせることしかできなくなっていた。
「シルフ、その辺にしといてやれ」
ふっ、とシルフの殺気が静まった。
左将軍はその場に崩れ落ちた。
王子はズボンの股間部分が濡れていた。
親衛隊たちの多くは気絶している。
「んー、ハルトがそう言うなら良いけど。この魔法陣、何に使うの? こいつら殺すんじゃないの?」
シルフは幼い顔して、言うことがえげつない。
「まぁ、見ててくれ。用意ができたから」
俺は魔法陣を起動した。
魔法陣が輝き出す。
そして、その中央から周囲に向かって黒く塗りつぶされていく。
その黒くなった魔法陣に触れた兵たちが、どんどん消えていく。
「き、消えた!?」
「おい! 逃げろ!」
「う、うわぁぁぁ!」
「く、来るなぁ──」
王子も、左将軍も、私有軍も、十万人の国軍すらも魔法陣に飲み込まれた。
俺とシルフも。
──***──
「こ、ここは?」
「俺たち、死んでないのか!?」
「確か魔法に飲み込まれたよな?」
「あ、あれ!!」
「……まさか、ウソだろ」
兵たちが見たもの、それは──
アプリストス王都だった。
ここはアプリストス国軍がアルヘイムに向けて進軍を開始する際に、全軍を集結させた平地だった。
俺は炎の騎士を魔力に戻して、その大量の魔力でアプリストス国軍と王子の私有軍、合わせて十万三千人を強制的に転移させたのだ。
ここにはアプリストスが攻めてくると聞き、大臣達に作戦を伝えるまでの間に、ティナの飛行魔法でやってきていた。
その際に転移のマーキングをした。
ティナは俺が、転移で敵を国に送り返す計画を知っていた。
ティナだけじゃない。
エルフ王と、リファやルークらクラスの仲間たち、それからサリオンもこの作戦を知っていた。
つまり俺が連れ去られた時から今までずっと、みんなは演技してくれていた。
全ては悪魔を逃がさぬため。
サリオンたちが俺を奪いに来た時、ルークの究極魔法が俺のすぐ側まで届いていて少し焦ったが、それ以外は全て作戦通りだった。これが俺の本当の計画、作戦Cだ。
俺はシルフの風に乗り、兵たちの頭上へ飛ぶ。
全軍を一望出来る。
兵たちが俺を見ていた。
「聞け! アプリストスの兵たちよ。俺はハルト、お前らが攻めようとしていたアルヘイムの賢者だ」
風魔法の応用で、全ての兵に声が通るようにしていた。
兵たちに動揺が広がる。
「お前らが何度攻めてきても、今回の様に送り返してやる! いつでも来るがいい!!」
この世界の戦争はどう戦うかの作戦がもちろん重要だが、それ以上に兵をどう移動させるかも重要になっていた。
特に大量輸送の方法が無いこの世界において、万単位の兵を進軍させるのには膨大な労力が必要だった。
アプリストスからアルヘイムまで徒歩の進軍でおよそ二十日。その間、歩き続けた兵の疲労も、浪費した食料も、その全てが無駄になったのだ。
アプリストスの兵たちはふりだしに戻された。いや、消費した食料は戻らないのでむしろマイナス。
そして、俺には何度でもふりだしに戻してやることができる力がある。
「だけど忘れるなよ。今回は転移させたが、俺がその気になればお前ら全員、異界に放り出して殺すこともできるってことをな」
そう言い残し、俺はシルフと共にアルヘイムへと転移した。