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悪魔の契約

 

 アプリストス第五王子の私有軍の陣。


 そこの中心部にある軍上層部の者のために用意されたテントに元大将と、眼帯をした女エルフがいた。


「まさか、あの人族がここまでの力を持っているとは驚いた。だがあれは、今や俺の力だ」


「その通りです。あいつを上手く使えば、大将が世界を支配するのも難しくないでしょう」


「あぁ。お前が復讐の提案をしてくれたおかげだ。アプリストスとの交渉を進めてくれたことにも感謝している」


「ふふふ、滅相もありません。私は貴方の力になりたかっただけなのですから」


 そう言って眼帯の女エルフは元大将の首に手を回し、キスをした。


「──っ!?」


 女エルフの突然の行為に元大将は驚く。

 そして、気づいた。


「お、お前はいったい誰だ!?」


 彼女は、元大将の知る女エルフではなかった。


「おや、気付いてしまいましたか? もう少し楽しみたかったのですが」


 女エルフの雰囲気が変わった。

 そして、右目の眼帯を外す。


 昔、魔物に襲われた際に失ったはずの右目が、赤く輝いていた。


「あいつを、何処にやった!」


「彼女はここにいるではないですか。この肉体は紛れもなく、彼女のものです」


「ど、どういうことだ!?」


「私はただ彼女の願いを叶えただけですよ。貴方の力になりたい──という健気な願いをね」


 女エルフは昔、元大将に命を救われた。

 その恩に報いるため、必死に努力した。


 しかし、努力だけでは乗り越えられない身分の壁があった。それでも彼女は元大将への想いを諦めなかった。


 その結果、開いてはいけない禁断の扉を開けてしまう。


「私はアモン。彼女の願いを聞き入れし悪魔です」


 女エルフは悪魔を呼び出してしまった。

 しかも、ただの悪魔ではなかった。


 邪神直轄の大悪魔と呼ばれる悪魔たち。


 その序列第七位のアモンを呼び出してしまったのだ。


「私を呼び出せなければ彼女は国軍副司令にまではなれなかったでしょう。一時とはいえ貴方と一緒の時間を過ごせて、彼女は幸せだったはずですよ」


「……あいつは、もう居ないのか?」


 元大将は理解した。


 自分を慕ってくれた女エルフは、力を得るために、その魂を悪魔に売ってしまったのだと。


「えぇ、時間切れです。契約により今後百年は私がこの身体を好きにさせていただきます」


 復讐しないかと元大将を誘った時には既に、女エルフはアモンに肉体を奪われていた。


「アモンといったな。頼みがある」


「なんでしょうか?」


「俺の身体を使え。そいつはもう休ませてやりたい」


 元大将の提案にアモンは目を丸くする。


「よろしいのですか? 貴方の肉体に私が移動したところで、彼女は生き返りませんよ」


お前(悪魔)に魂を売ったんだろ? 既にどうにもならないことくらい分かっている」


 悪魔と契約してその力を借りると、代償を支払わなくてはならない。


 そして悪魔の力を最も借りられるのが、己の魂を代償にした時だ。


 魂を代償に悪魔と契約し、その契約が果たされると魂は悪魔によって冥界へと連れ去られる。


 冥界に連れ去られた魂は、そこで無限の苦痛を受け続けるのだ。


 だから、せめて肉体だけは安らかに眠らせたかった。


「本当によろしいのですね」


「あぁ、俺は悪魔アモンと契約する。今の肉体を解放しろ。代償は俺の魂、そしてこの肉体だ」


「その願い、叶えましょう」


 ふっ、と女エルフの身体から力が抜け、崩れ落ちそうになる。それを元大将が優しく受け止めた。


「すまない。ゆっくり休んでくれ」


「さ、では契約通りその魂と身体を頂きましょう。ところで、魂を頂いてしまう前に聞きたいことがあるのですが」


 男とも女とも言えない中性的な顔立ち、側頭部に二本の角を生やした悪魔アモンが、元大将に問いかける。


「なんだ?」


「何故、彼女でないと分かったのですか? 私のキス、下手でした?」


「俺はこいつに手を出したことはない。こいつを、娘のように思っていたからだ」


 女遊びが好きな元大将も、この女エルフだけは本当に大事にしていた。それは部下として、また、娘として。


「おや、それは失礼しました」


「もういい。それより、こいつの身体を丁寧に葬ってくれ」


「畏まりました。では」


 その言葉を最後に、元大将の魂はアモンに奪われた。そして、その肉体にアモンが入る。


「ふむ、この身体、なかなかよく鍛えられている。これなら私が全力を出しても直ぐ壊れてしまうこともなさそうですね」


 しばらく、身体をチェックした後、アモンは床に横たわる女エルフの骸を抱き上げた。


「さぁ、契約を果たしましょうか」


 テントを出るとアモンは闇に姿を消した。


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