エルフ王の提案
朝、陽の光で目が覚めた。
左腕に柔らかいものが当たってる。ハーフエルフの美女が俺の腕に抱きついて寝ていた。
俺の妻、ティナだ。
普段なら俺より早く起きて朝食の用意をしてくれるティナが、今日はまだ寝ていた。今、俺達がいるのはエルフの国アルヘイム。
そこの王城に客として招かれている。
なので朝食の用意なども王城仕えのメイドがやってくれるので、もう少しティナを寝かせてあげようと思う。
昨日は慣れないドレスなどを着て、疲れていたようだったから。ティナのウエディングドレス姿を思い出した。
本当に綺麗だった。
もっと褒めてあげるべきだったと思う。見とれてしまって言葉が出てこなかったことを、ちょっと後悔している。
俺の隣でスヤスヤ眠るティナを見た。
ウエディングドレス姿は綺麗だったけど、こうして俺の横で眠るティナはすごく可愛い。ティナの頭を撫でてみた。
「ふぁ」
ティナが可愛らしい声を上げた。
喜んでるみたいだ。
可愛い。
ずっとこうしていたい。
──でも、直ぐにその時間は終わった。
コンコンと、扉が叩かれた。城仕えのメイド達が、俺達を起こしに来たのだ。
「朝食のご用意ができております。お越しいただけますでしょうか?」
「はい、行きます」
俺が返事をするとメイドは部屋の外に出た。
「ティナ、起きて」
「むー」
嫌がるように顔を布団に潜り込ませた。
多分、ティナは起きてる。
そこで──
「お腹空いたな、今ティナが起きてくれたらご飯食べに行けるから、ご褒美にキスしてあげようと思ったけど──」
バサッ
勢い良く布団を捲ってティナが顔を出した。
目を閉じたままで、少し唇を突き出している。
その唇にそっと触れた。
「おはよう、ティナ」
「ハルト様、おはようございます」
「朝ごはん、できたってさ」
「分かりました。直ぐに着替えます」
着替えを済ませ部屋の外に出ると、俺達を起こしに来たメイドが待機してくれていた。そのメイドに連れられ、朝食が用意された部屋にやってきた。
「朝食がお済みになられましたら、陛下がお二人にお話があるそうです」
なんだろう?
ちょっと急ぎ目にご飯を食べた。
美味しかった。
エルフのご飯って、薄味かなって思ってたりしたけど、普通に美味しかった。そういえば、俺はこれまでずっとハーフエルフであるティナの料理を食べてきたので薄味に慣れたのかも。
そんなことはさて置き、エルフ王が呼んでるみたいなので早く行こう。
──***──
ティナとエルフ王の執務室にやってきた。
「おはよう、よく来てくれた」
「おはようございます」
「おはようございます。話があると伺いました」
「そうだ。まぁ、そっちに座ってくれ」
エルフ王に促され来客用のソファーに腰かける。対面するソファーにエルフ王が座った。
「さっそくだが、この国の貴族になる気はないか?」
「貴族、ですか?」
「ティナは元々、この国の子爵家の娘だ。だが、ティナの父が死んだと国が把握した時、ティナが奴隷になっていたので爵位継承はされず、ハリベル家は奪爵されている」
当時、ティナが奴隷になっていなければ、ティナは子爵になっていたらしい。
「そこでだ、我が国としては魔王を討ち滅ぼした英雄ティナに改めて爵位を授けたいと思うが、どうだろうか?」
「私は遠慮します」
ティナが即答した。
「……理由を教えてくれるか?」
「まず、私は権力に興味がありません。それに領地を貰ったとしても上手く運営できないでしょう」
「領地を持たない名誉貴族にすることもできるが」
「それでも、貴族には相応の見返りが求められるでしょう?例えば戦争に駆り出されたり」
権力には義務が付きまとう。例えば領地を得て、そこを支配するのであれば、得られた利益の一部を国に税として納めなければならない。
領地を持たない名誉貴族の場合、国に戦力を提供するなどしなければならない。部下を持たない俺達は、自ら戦場に出向く必要がある。
「私の主人はハルト様です。私に何か命令できるとしたら、ハルト様だけです。なので私は貴族にはなりません」
「で、ではハルトはどうだ?」
「俺ですか?」
俺は伯爵家三男なので、結婚して家から出たら家名は失われる。ただ、実家からの支援は受けられると思う。
生活に困ることは無いだろう。必要があれば冒険者になって、魔物を倒して生きていこうと思う。そもそも人族の俺がエルフの国の貴族になったところで、エルフの貴族から批判が殺到する事が容易に想像できる。
「俺も爵位は必要無いですね」
エルフ王の申し出を断った。
「そうか、では、何かこの国に求めることはないか?」
エルフ王の意図がよく分からない。
「特に何かして欲しいことなどは無いですが……なにか俺達と交渉したいのですか?」
「我々は、お前達の加護が欲しいのだ。そのためにお前達が望むものをできる限り提供すると約束しよう」
「加護?そんなの俺達は与えたりできませんよ」
「精霊が与えるような加護のことではない。お前達がこの国の敵にならないという保証が欲しいのだ」
「ティナの故郷であるこの国の敵になることはないと思いますが」
「だが、ハルトは人族だ。そして、人族には我らエルフが護る世界樹を欲している者もいる」
エルフ王の言い分はこうだ。長い歴史の中で、人族が世界樹を求めてエルフ族に戦争を仕掛けてきたことは度々あった。
その度に、エルフ族は人族を撃退し、世界樹を守り続けてきた。だが、ティナが俺と結ばれたことで、ティナが人族側に付く可能性が出てきた。
魔王を討伐した英雄、そして魔物の大軍を相手にしても、たったひとりで勝利するほどの力を持つティナ=ハリベルが敵になるかもしれない。
「ティナに加え、ティナと同等、いや、それ以上の力を持つハルトが敵になればこの国は容易く滅ぶ」
エルフ王が俺達に頭を下げた。
「毎年たった一枚だけ得られる世界樹の葉──これを今後お前達に献上し続ける。だからどうか、この国に加護を。この国の敵にならないと約束してほしい」
ティナと顔を合わせた。
「私は、この国が嫌いでした」
ティナがエルフ王に話しかける。
「お父様とお母様を殺したエルフが。この国が嫌いでした。いつか力を手に入れた時、復讐をしようとも考えました」
エルフ王の身体が震える。ティナには今、復讐を果たすだけの力がある。
「ですが今はそんなこと、全く考えていません。仇はサリオンが取ってくれましたし、傷付いた心はある勇者様が癒してくださいました。そして今は、ハルト様がいます」
「で、では」
「私は、この国を攻撃しないと約束します」
「ティナが、そう言うなら俺もそうしよう」
「ありがとう! それで、対価としての世界樹の葉だが」
「その件ですが──」
俺が喋ろうとした時、エルフ王の執務室に風が舞い込んだ。
「あっ、ハルトこんな所に居たんだね」
「し、シルフ様!!」
シルフが現れた。
「王様、やっほー! 昨日はご馳走さま。美味しかったよ」
「そ、それは何よりでございます」
「何しに来たんだ?」
「ハルトに結婚祝い、渡してなかったなって。はいこれ! 世界樹の葉!!」
シルフに十数枚の葉っぱを渡された。
全て世界樹の葉だという。
「…………」
エルフ王は、超レアアイテムが大量に乗った俺の手を見て固まっていた。
「とゆーわけで、世界樹の葉は要らないです。あっ、でも、約束はちゃんと守るから安心してください」
その後、エルフ王から色んな宝物を押し付けられそうになったが、全部断った。
最後にはリファを妾にしてくれとまで言われた。
もちろん丁重にお断りした。