ティナの過去
ティナとふたりでベットの横に立っている。
所謂、結婚初夜ってやつ。
俺は今年十一歳だが、こちらの世界の人族は成長が早いらしく、今は元の世界の十六歳くらいの体格になっている。
とはいえ、まだ夜の営は早い気がするので、多分いつものように抱き合って寝るだけになると思う。なのに何故かいつもより緊張して、ベッドインできない。
「お布団、入りにくいですね」
「うん」
「ちょっとお話ししませんか?」
ティナが話したいことがあるという。
俺とティナはベッドに腰掛けた。
「実は私、奴隷だったことがあるんです」
「えっ?」
ティナからとんでもないことをカミングアウトされた。
「でも、ティナは生まれは貴族だろ?なんで奴隷になんか」
「勇者の血を引く一族だったからです」
ますます意味がわからない。勇者の血を引く一族であるなら、ただの貴族以上に優遇されるのではないだろうか?
「エルフ至上主義というのをご存知ですか?」
「……意味は知ってる」
エルフは純粋なエルフ族のみを最も優れた種族とし、他種族を見下していた時代があったという。
「私たちの一族は勇者様の、つまり人族の血が混じっていますから、ハーフエルフなんです。今でこそエルフ至上主義は囁かれなくなりましたが、およそ百年前まではそうではありませんでした」
百年前と言うと、ティナが異世界から転移してきた勇者達と魔王を倒す旅をしていた頃だろう。
「私の家族は、同胞であるはずのエルフによって殺されたのです」
ティナの目に涙が浮かぶ。
俺はティナの手を握った。
「大丈夫?無理に話さなくてもいいんだよ?」
「いえ、ハルト様に聞いていただきたいんです」
そう言ってティナは話を続ける。
「サリオンが出かけて屋敷に居ない時、エルフ至上主義を掲げる一団に襲われ、私のお父様とお母様は殺されました。私には加護があったので殺されず、奴隷として人族に売られたのです」
当時のティナは加護があるとはいえ、ただの少女だった。戦う力などなく、父と母が殺されるのを見ているしかなかったという。
どれほど悔しかっただろう。悲しかっただろう。ティナの手を握る手に力が入る。
「私が奴隷として売られた頃、魔王が復活したそうです。それでこの国は大騒ぎになりました。何せ異世界から勇者様が来なければ、魔王を倒せる唯一の切り札は私だったのですから」
魔王は邪神の加護で護られており、その加護を打ち消さなくてはダメージを与えることができない。邪神の加護を打ち消すことができる唯一の力が、勇者という存在なのだ。
エルフ至上主義の一団もそのことを知っていたので、念のため、ティナを殺さなかったらしい。ただ、想定より魔王復活が早すぎたのだ。
「その騒動で、我が家を襲い、私を人族に売ったエルフ至上主義の一団は、国家反逆罪で投獄されました。一団を捕縛するために派遣された部隊に参加していたサリオンが、たったひとりで全員を半殺しにしてしまったそうです」
少しティナの口調が軽くなった。サリオンが復讐の代行をしてくれたことで、多少ティナの心は晴れたようだ。
「それ以来、この国ではエルフ至上主義が鳴りをひそめるようになりました」
「ティナはどうやって奴隷を抜け出したんだ?奴隷の間に何か酷いことはされなかったか?」
聞いてから、しまったと思った。もし奴隷だった時に乱暴されていたりしたら──それを俺には聞かれたくないだろう。
「私が奴隷として売られて人族の街に向かう途中、私を運んでいた馬車が魔物に襲われました。護衛や商人はみんな殺され、私も魔封じの首輪という魔具を付けられていたので魔法をつかえず、抵抗できずに殺されそうになりました。その時、助けてくださったのが勇者様です」
「勇者が?」
魔王が君臨して、世界に危機が訪れた時、数多の人間の助けてほしいという願いが神に届いた時、神が異世界から召喚するのが勇者だ。
魔王が復活したばかりのこの時に、勇者が現れることは有り得ないはずだった。
「勇者様は私の助けを求める声が聞こえたと言っておられました。そして、私を助けるために神様からスキルを貰う時間すら取らず、駆けつけてくださった──とも」
邪神に召喚され、神界を訪れたことがある俺は知っていた。神界と人間界は時の流れる速度が違う。そして、神様は勇者にスキルを与えたり、使命を伝える時間が必要だった。
実は魔王が現れたら、神様は人間界から助けを求める声が聞こえてこなくても、勇者を用意しているんじゃないかと思う。
でなければ間に合わず、世界を救えないのだから。そうすればティナの言っていることの辻褄が合う。ティナを助けた勇者は神様からスキルも貰わず、ティナのもとに来た。
本来、魔王の活動が活発になる数年後にやってくるはずだった勇者が、ティナを助けることができたのはそういうことだろう。
「勇者様は神様からスキルを貰わなかったために、私を襲っていた魔物を倒す際に大きな怪我を負われました。幸い、サリオンが私を買った人族の情報を聞き出して、追いかけてきてくれたので勇者様の命を救うことができました」
サリオン、マジで優秀!
俺の妻の命の恩人を、助けてくれてありがとう! 今後、サリオンに足を向けて寝られない気がする。
「魔王は復活したばかりでしたが、いずれ世界に混沌をもたらすと考えられたので、私達は強くなる必要がありました」
「私達と言うと、ティナとその勇者か?」
「はい、その通りです。完全ではないけれど勇者の力がある私と、勇者だけど本来の力が出せない勇者様。ふたりで戦えば魔王を倒せると考えました。私達はサリオンの下で日々訓練を行いました」
自分のせいで勇者が弱い状態で転移してきてしまったことにティナも責任を感じていたのだと思う。
「結局、三年後に神様からスキルを貰った勇者様が転移してこられて、あっさり魔王は倒されました。その時、私とずっと一緒に居た勇者様も元の世界に帰られたのです」
全てを話し終えたティナは不安そうに俺の反応を待っている。
「話してくれてありがとう」
俺はティナを抱き寄せた。
「前にも言ったけど、これからは俺がティナを護るから」
「……ハルト様」
「どんなことがあっても、もうティナに辛い思いはさせない」
俺は自分自身にも言い聞かせるように宣言した。