最強賢者の悩み
「だいぶ落ち込んでるな、ハルト」
「……ルークか」
「お前が街へ飲みに来るなんて珍しい」
普段はお酒なんか飲まない。飲んだところで邪神の呪いが『酔い』というステータスを無効にしてしまう。酔えないんだから俺は普段お酒を飲まない。
それでも時には飲みたい気分になる。
「嫌なことがあったら、お酒で全部忘れられるって聞いたんだけど……。やっぱりダメだな」
「お前はステータス固定だしなぁ。ちなみにお酒を飲んで忘れられるのって、飲んでる間のことだけらしいぞ」
「え、そうなの?」
「ある程度お酒を飲むと、その間のことをヒトの脳は記憶しなくなる。だからお酒を飲んだら記憶が無くなった感じになるんだ。それでお酒を飲めば嫌なことを忘れられるって世間では言われてるみたいだな」
じゃあダメじゃん。
仮に俺にステータス固定の呪いがなくても、俺が今日キツく叱ったことでリオンを泣かせてしまった記憶を消すことは出来ないってこと。
「息子に泣かれたぐらいで落ち込むなよ。嫌われたわけじゃないんだろ?」
「それは…、そうだと思うけど」
たいていのことは魔力でなんとかなった。
どんな魔物も敵じゃない。
魔人でも悪魔でも。
邪神だって俺は倒せる。
でも息子を叱りつけて泣かれたことが、これまでにないほど俺の心にダメージを与えていた。
「ファナに魔法を教えたことを叱ったんだ。まだ未熟なお前が魔法を教えたことで、妹たちが怪我したらどうするんだって」
「それは親として当然叱るわな」
「問題はリオンが全く俺の話を聞いてくれなくて、俺が魔法を教えてくれないから俺が悪いんだって言って話しを逸らそうとしたから。つい威圧しちゃった」
「いや待って。お前の威圧って、魔人が全力で逃げるレベルだからな。それを5歳の子どもに? そういや今日ハルトの屋敷の方で魔力の高まりがあったけど……。まさかアレか?」
「たぶんそう」
ルークがひいてる。
もちろん俺だって、魔人を威嚇する時の様に本気でやったわけじゃない。
ついうっかり出ちゃった程度。
それでもAランクの魔物は逃げ出すだろう。
声を荒げたり、叩いたりで子どもを叱りつけるのは違うと思っている。だから冷静に、なぜダメなのかを静かに言葉だけで言い聞かせるつもりだったんだ。その結果、ちょっと我慢できなくて魔力が漏れた。
「リオンは気絶とかしなかった?」
「それは大丈夫。ちゃんと耐えたよ。流石は俺とティナの子どもだって思った」
「5歳児とは思えない耐性だな。創造神様の加護とかもついてるんだっけ。間違いなく将来大物になるぞ」
「平和に生きてくれればそれで良いんだけどね」
いつの間にかルークが頼んだお酒や料理が運ばれてきた。
一緒に飲んでくれるみたい。落ち込んでいる時、話し相手になってくれる親友は本当にありがたい。
「今日は付き合うよ。俺も嫁とのこととか聞いてほしい」
「ルークは酒癖悪いからほどほどにな」
もともとの真面目で誠実って感じのルークからは想像できないくらい、コイツは酒を飲むと粗暴で厄介な存在になる。
でも今日はそれでもいい。
育児や家庭を持つ難しさについて語り合いたい。