最強賢者の子どもたち
グレンデール王国の南西部。
ここにエルノール直轄領がある。
世界最高クランとなったファミリアが活動拠点とするクランハウスとは別に、この場所にもエルノール家の屋敷が建てられている。
自然豊かな場所でのびのびと子育てしたいという妻たちの要望を受けたハルトが国王に相談した結果、この領地を下賜されたのだ。
「リオン、ごはんだぞー。みんなを連れてきて」
「はーい!」
ハルトの呼びかけに、森の中から元気な返事が返ってくる。
少しすると、真っ白で大きな獣がこちらに向かって走ってくる様子が見えた。
ティナのカレーで餌付けされ、エルノール家のペットとなった神獣フェンリル。シロと名付けられた神獣の背に、7人の子どもが乗っている。
「シロが迎えにいってくれたのか。ありがと」
「早くティナの作った食事を食べたいからな」
シロが身を屈めると、その背中から少年たちが降りてきた。
真っ先にシロから降りて他の子が降りるのを手伝っているのがハルトとティナの子で、今年5歳になるリオン。
黒髪で、毛先が少し赤くなっているのは火の精霊サラ。彼女はマイの娘。サラとそっくりの顔で、毛先が青くなっているのがメイの娘のレネ。ふたりとも5歳。
小柄なレネが、もっと小さな少女を抱えている。その子はリファの娘でアリエルという名で、今年3歳になったばかり。
「アリエルを受け取るよ、レネ」
「うん、お願い」
そう言ってレネからアリエルを受け取ったのがルージュ。リュカの息子で5歳。
最後にひとりでシロの背中から元気に飛び降りたのが、メルディの娘のファナ。獣人の血を色濃く受け継ぎ、まだ4歳でありながら身体能力は兄たちを抜いている。
「お父様、ただいま!」
「「「ただいまー!」」」
リオンに合わせて、子どもたちが声を出す。
とても微笑ましい光景だった。
「はい、おかえり。手を洗って食堂に集合な」
「「「はーい!」」」
わーっと、子どもたちが屋敷に向かって走っていく。
「我も先に行くぞ」
そう言ってシロも屋敷へ急いだ。わざわざ森の中まで子どもたちを迎えに行くほど、彼はティナの作る食事を楽しみにしていた。
ひとり外に残ったハルト。
少しすると、森の中から草木に覆われた騎士が出てきた。
馬と人が草木で幾重にも覆われているような見た目。しかしそれは人ではなく、草木のみで構成された自律魔法。森林内部での隠密行動に長けたハルトの魔法だった。
「護衛と見張り、お疲れ様。子どもたちがどんな感じで遊んでいたのか教えて」
ハルトの言葉に草木の騎士が頷くと、騎士の身体は地面に吸い込まれるように消えていった。後に残ったのはふわふわとその場に浮かぶコアのみ。
ハルトが草木の騎士のコアに触れると、それは彼の身体に吸い込まれていった。
「……なるほど。リオンがみんなに魔法を教え始めたのか」
コアには魔法の騎士の見聞きした情報が詰まっていて、それを取り込むことでハルトは魔法の騎士と情報共有ができる。
ハルトは領地内の森林に草木の騎士を無数に配置し、子どもたちを魔物などの外敵から守るだけでなく、彼らが危ないことをしていないか監視もさせていた。
「魔法は5歳になってからって言ってたのに。まったく、しょうがないお兄ちゃんだな。でもファナがしつこくお願いしたのが理由っぽいから、メルディにも伝えておくか。このままアリエルも魔法を使おうとしだしたら危ないし」
本当なら可愛い子どもたちをあまり叱りたくはない。
それでも約束を破ったのであれば、ちゃんとダメだと言わなければならない。
ただ周りの大人全員が子どもに対してキツくあたると、子は逃げ場を無くしてしまう。きつく怒る大人と、怒られたことを慰め優しく諭す大人。その両方が必要だ。
難しいのはどちらかになり続けると、怒る大人の方が子どもに嫌われかねないということ。
最近はリオンが約束を破ると、ティナがきつく叱ることが多かった。
「さすがに今回は俺の番かな。でも怒るの慣れてないんだよなぁ」
ティナばかりに怒る役をやらせたくはない。でも彼女は厳しく叱ったあとに、優しく慰めるという技も使える。
厳しく叱った結果、大泣きしてしまったリオンを相手にどうすればよいか分からず狼狽えるハルトとは大きな差があった。
「はぁ…。子育てって難しい」
そう小さく呟き、かつて自身なら何でもできると確信していた最強賢者は、重い足取りで屋敷へ向かった。