安産祈願
最強クラン決定戦から数か月後。
「……ん? あー、ティナ。またやってる」
屋敷の廊下を歩いていたハルト。彼は庭で洗濯物を干しているティナを見かけた。
「ティナ」
「あ、おはようございます。ハルト様」
エルノール家全員分の洗濯物が山のように積まれている。それをティナがひとりで干していた。
「おはよ。洗濯物は俺が干しておくから、ティナは屋敷に入って」
ティナのお腹の中にはハルトとの子が宿っている。彼女がゆったりとした服を着ていても、お腹が膨らんでいるのが分かるくらいになってきた。
そんな状態だが、ティナはまだまだ以前のように家事をするのだ。ハルトが何度か家事を代行しても、彼女は習慣として身体に染み付いた行動をしてしまう。
「ありがとうございます。でも、もう安定期に入りましたし、たまにはこうして身体を動かしておかないと体力がなくなっちゃうんです。元気な赤ちゃんを産むためには、体力を付けておかないと」
「そうなの? だとしてもこれだけ大量の洗濯物をひとりで運んだりするのは大変でしょ。ティナに何かあったら、俺は……」
「風魔法で運べますから重さは問題ありません。でも朝からひとりで、というのは軽率だったかもしれませんね。申し訳ありません。今後は誰かと一緒に作業するようにします」
「うん、そうしてくれると安心かな。体力つける必要があるなら、これからは毎日俺と散歩したりする?」
「します! できればマイさんとメイさん。それからエルミアさんも一緒で」
マイたち三人のお腹にもハルトとの子がいる。マイとメイは精霊だが、人化している状態のため妊娠期間は人族と変わらない。また長寿であるエルフ族は妊娠期間が人族より長い。しかしハーフエルフであるティナは人族と同程度の妊娠期間だった。というわけで、エルノール家で妊娠中の四人はほぼ同時期に子を産むことになる。
「そうだね。これからはみんなで散歩や軽い運動をするようにしよう」
「はーい」
リファの提案で、妊娠中の妻たちは重いものを持つ必要がある買い物などの家事をやらなくて良いようになっていた。ただ、全く家事をしないようになると身体がなまってしまうため、本人が希望すれば屋敷内での家事は自由にできる。
「あんまり無理はしないでね」
「……はい」
ハルトに後ろから抱きしめられたティナ。お腹に優しく添えられた彼の手に自身の手を重ねながら、ティナは心が満たされるのを感じていた。
──***──
「あ、海神様。ちょっとご相談が」
エルノールの屋敷には、この世界の四大神(邪神を除く)が頻繁に遊びに来る。この日、海神は新鮮な魚介類を届けるためにここへ来ていた。ちなみに彼がこうして魚介類を運んでくるのは、その代償としてティナが手料理を振舞ってくれるのを期待してのこと。
「ハルトか。なんだ? 手合わせなら今日はしないぞ。ティナの料理を食って、かなり満ち足りた状態なんだ。これなら数週間は海の管理を頑張れる」
ハルトのために百年かけて料理の腕を磨き続けたティナ。彼女の料理は海神ポセイドンに、この世界の海を管理するモチベーションを与えるレベルとなっていた。
「今日は、ティナたちについてのご相談です」
「そうか。俺ができることならなんでもやってやる。遠慮なく言うが良い」
創造神からハルトたちの望みをできるだけ叶えろと言われていることもあり、海神は基本的にハルトの望みを断らない。とはいえ大抵のことを自ら成し遂げてしまう最強賢者が、神々を頼ることは滅多になかった。
「ティナのお腹にいる俺の子は順調に大きくなっています。ですが……、ちょっとだけ不安もあるんです。無事に産まれて来てくれるかなって」
この世界に最強賢者の敵となり得る存在はいない。そのことを海神は良く分かっている。だからこそ、不安げな表情をするハルトが海神には新鮮だった。
「子どもが元気に産まれてくれるのも大事ですが、それ以上にティナの身に何かあったらと思うと俺、居ても立っても居られないんです」
魔人や悪魔、邪神を前にしても一切の恐れを見せない彼が、自分を頼ってきた。神としての庇護欲が掻き立てられる。
「安産祈願ということだな?」
「はい、そうです。どの神様にお願いすれば良いでしょうか?」
「ふむ。ならば俺でも良いぞ。海は全ての生命の母だ。俺の加護を受ければ、安産間違いなしだ」
「おぉ! では──」
「ちょっとお待ちなさい」
空間を引き裂き、大地神デメテルが顕現した。
「だ、大地神様?」
「ティナたちへ加護を与えること。それは《《母なる》》大地を司る神である私の役目でしょう」
「それは、ちょっと無理あるんじゃねーの!?」
「うるさい! だいたい海神は昔からハルトと仲が良かったからという理由で、ここへ遊びに来すぎなのです。さすがにズル──じゃなくて、四大神が人族に肩入れしすぎるのは良くありません。ですから今後は私が子が産まれるまで、ティナたちを見守ります」
「お前だって四大神だろーが!」
「そう言うことなら、俺も安産の加護を与えてやることができる」
空神が光と共に顕現した。
「人間界は全て空の下にある。俺ならば、いつでもお前たちを見守ってやれる。どうだ、ハルト。我を頼らぬか?」
「空神様まで……」
「理由が無理ありすぎだろ。呼ばれることがめったにないからって、強引に出てきやがったな」
「そうよ、空神の出番はないわ」
「お前らだって、安産専門じゃないだろ!」
「ふははは、お主らでは無理じゃよ」
廊下の奥から現れたのは、この世界の創造神。
「創造神様、お久しぶりです」
「うむ」
「そ、創造主!」
「じーさんまで来たのか」
「あの、我らでは無理というのは、いったい?」
「ティナたちには既に儂が加護を与えておる。だから儂より格下のお主らの加護は付与できぬということじゃ」
「あれ。創造神様に以前いただいたのは、確か祝福では?」
聖都で悪魔を撃退した際、ハルトたちは創造神から祝福された。ステータスが固定で加護などを受けられない最強賢者を除くエルノールの全員が創造神の祝福を得ていたのだ。
「あの頃は世界を管理するエネルギーに余裕がさほどなかったので祝福にしておいた。今はこうしてハルトの魔力で儂らが顕現できるからな。余裕ができたのじゃ。だからつい先ほど、ティナとマイ、メイ、エルミアの祝福を加護にグレードアップしておいた」
「「「えっ」」」
あまりのことに唖然とする海神たち。
「創造神様、ありがとうございます!」
「元気な子を産み、育てよ。他にも困ったことがあれば何でも言いなさい」
優しい笑顔を見せた創造神はそう言い残し、光となって消えていった。




