最強クラン決定戦 本戦(10/10)
小鬼と呼ばれていたオーガの少年は逞しく成長し、世界の危機を何度も救うほどの英雄となっていた。その英雄がまるで少年のように涙を流しながらハルトに話しかける。
「遥人様。本当にあの遥人様なのですね」
「うん、そうだよ」
「お、俺。ずっと貴方をお待ちしておりました。貴方との約束通り、ずっとこの世界を守ってきたんです」
「知ってる。ティナが教えてくれたからね」
そう言いながらハルトがゲイルの頭に手を伸ばす。大柄のオーガの頭を小さな人族が撫でるという変わった構図になったが、この世界の西側で最強とされている男は嬉しそうに表情を崩していた。
「俺がいない間、この世界を守ってくれてありがと」
かつてゲイルが世話になっていた村を、守護の勇者であった遥人がスタンピードから守った。その時ハルトは、数多の魔物から村を守ろうとした勇気あるオーガの少年の願いを聞き、彼に名前を付けた。
ゲイルという名を得たオーガは、高揚した幼心のままに自身も世界を守れる男になると勇者に誓ったのだ。
「あんなに小さかった君が、こんな立派になるなんて。さっきの戦闘でもわかったけど、本当に強くなったんだね」
「滅茶苦茶努力したんです。特に限界突破ってスキルがあるって気づいてからは、何度か死にそうな思いをしながらも強くなるために頑張ってきました」
この世界のレベル上限を突破できるスキルは本当にレアである。そのことに気付いたゲイルは、勇者がいない時代に悪魔などの脅威が現れた際、世界を救うのは自分しかいないと考えた。そして彼は見事にそれを達成したのだ。
「世界最強なんて言われてきましたが、遥人様が帰ってきたならその称号はもう俺のもんじゃないですね」
「いや、まだまだ君には西側世界の最強でいてもらいたい」
「でもさっき、世界最強に興味があるって言ってまっしたよね? ここで俺に勝てば西側とか東側とかじゃなく、純粋な世界最強になれますよ」
「多くのヒトから最強って認めてもらえることに興味はある。それに今の俺は以前よりも強くなれた。だけどそれじゃダメなんだ。俺ひとりじゃ世界を守れない。この世界はすっごく広いから」
守護の勇者であった時、世界中で同時発生するスタンピードで多くの命が奪われた。その時、遥人は自分の無力さを痛感したのだ。いくら強くても、どれだけ速く移動できても、ひとりでは全てを救えないということを嫌というほど味わった。
「……わかりました。では俺は今後も西側最強であり続けます。そしていつか、今のハルト様に届くほど強くなって見せましょう」
「うん、期待してるよ」
「はい! ──っと。そうなるとこの戦い、どう決着つけましょう? 今の状態で戦えば、俺は絶対に貴方には敵いません」
「そうだねー。ふたりで下に降りていって、なんか良い感じで戦ってみようか。そんで、引き分けにしてみるとかどうかな」
「世界最強の八百長ですか」
「だってゲイルの伝説は、俺も小さい頃からティナに聞かされてたからね。転生者だって記憶が戻るまで俺は君に憧れてたんだ。今だって世界を守って来てくれたことに感謝と尊敬してる」
世界の西側では現在、ゲイルはティナより人気がある英雄だった。
「きっと西側の子どもたちはゲイルという世界最強の鬼人に憧れを抱いてる。それがぽっと出の人族なんかにやられたってなったら、彼らはショックを受けちゃうかも」
「……子どもたちの夢を守るために、俺なんかと同等の強さだと思われても良いのですか? いつかは届いてみせると宣言しましたが、正直言ってハルト様の強さは俺と次元が違う気がします」
愛剣を折られた時は事態を呑み込めていなかった。しかし冷静になった今、ゲイルはハルトの異常な強さをはっきりと認識していた。
ティナと並び世界最強と呼ばれてきたが、彼女と協力して戦ったとしてもハルトには敵わない。そうだと分かっているから、ゲイルは真の世界最強の称号が本当に要らないのか改めてハルトに確認しようとした。
「うん。世界最強って称号より、小さな子の夢の方が大事でしょ」
考える素振りもなく即答したハルト。
そんな彼を見て、ゲイルは胸が熱くなるのを感じた。
「貴方は、本当に良いヒトだ。俺がかつて憧れた勇者様のままで、心から嬉しく思います。では俺も、子どもたちの夢を守るためにこれからも頑張ります」
「うん。それじゃ、そろそろ行こうか──あっ、そうだ。俺が折っちゃったゲイルの剣、ちょっと貸して」
「えぇ。構いませんが……。いったい、何を?」
ゲイルからヴァーミリオンを受け取ったハルト。彼は地面に落ちていた両断された剣先も回収すると、剣先の方を地面に突き刺した。続いて左手で持った大剣の持ち手側を調整して切断面を合わせる。
ハルトは右手に超高密度の魔力を纏い、それを青い炎に変えた。一万度を超える超高温の炎だ。見たこともない綺麗な炎にゲイルが目を奪われていると、ハルトはその炎をヴァーミリオンの切断面に当てた。
理解できない行動に唖然とするゲイルを気にすることもなく、ハルトは作業を進めていく。切断面を仮止めした彼は、ヴァーミリオンの刀身全体に炎を当てていく。
十数秒後、両断された大剣が見事に接合されていた。
「ま、まさか。こんな、え、えええっ!?」
ハルトに渡された愛剣を見て固まるゲイル。僅かに小さくなった気がするが、それは高速で振り回しても全く問題ないほどの強度があったのだ。
「俺たちが本気で戦ってるって思ってもらわなきゃいけないから、武器は必要だよね。ちゃんと強度が出るようにくっつけといたよ。芯から溶かして形を整えた。強度を出すために密度を上げたから、ちょっと小さくなっちゃったかも。ごめんね」
「密度を上げたって……。俺、それをするのに10年近くかけてヒヒイロカネを叩き続けたんですが。そこから形を整えるのに20年。それを、30秒くらいで」
信じられないという表情のゲイル。一方そばにいたティナは『これぐらい、うちの旦那なら軽くやって当然』と言わんばかりの笑顔だった。
「武器も準備できたし、そろそろ行こうか」
「は、はい!」
「ハルト様、それからゲイル。お互い熱くなりすぎないように気を付けてくださいね。世界最強を決める戦い、盛り上げて来てください」
ティナの声援に手を振りながら応え、ハルトはクランハウスから飛び降りていった。それに続くゲイル。
彼らはその後、世界中で100年語り継がれる激戦を繰り広げた。
そして互いの全力(だと観客が感じざるを得ないほど)の攻撃がぶつかり合い、余波で観客を守る魔法障壁が粉々に砕け散ったところでゲイルが停戦を申し出た。
ハルトはこれを快諾。
司会進行のリバスにこれ以上の戦闘は観客が危険だと伝え、引き分けの提案を行った。ちなみに闘技台の上で戦っていたクランハウス9体とリューシンたちが操るゴーレム4体による戦闘はゴーレムが勝利していた。
そのゴーレムたちもハルトとゲイルの戦闘に巻き込まれ、全機が行動不能状態となっている。
ゲイル率いる人魔連合のクランハウスは既に破壊されており、稼働しているのはファミリアだけだった。この時点で『クランハウス殴り合い大戦』である大会の勝者はファミリアとなるはずだったのだが、観客たちがハルトとゲイルの戦闘に盛り上がったこと。加えてファミリア代表であるハルトが引き分けにしたいと言ったので、それが受け入れられた。
『第100回 最強クラン決定戦の勝者はぁぁっ、ゲイル=ヴァーミリオン率いる人魔連合ぉぉぉお! そしてぇぇぇえ、ハルト=エルノール率いるファミリアだぁぁぁぁああ!! このふたつのクランが、四年後の大会開催まで世界最強を名乗れます!! 観客、参加者の皆様。今一度勝者たちに、盛大な拍手を!!!』
この場に集まった10万人から惜しみない拍手が送られる。
いつまでも鳴りやまない拍手に、勝者となったハルトとゲイルが手を振って応えた。こうして第100回の最強クラン決定戦は、世界中の人々に語り継がれる大会だったとして幕を下ろした。