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小鬼様


 今から百年と少し前。


「おじじ! こっち来て!! おねがい、助けて!」


 とある国の山奥にある小さな村。そこの村長に幼い少女が助けを求めた。彼女の両手は赤黒い血に染まっている。ただそれは、彼女の血ではなかった。


「ユ、ユキナ。その血はいったい、どうしたというのだ!?」


「あっちで小さな子がたおれてるの! はやく来て!!」


 ユキナという少女は村長の手を引き、村のそばにある森まで連れて行った。


「あの子だよ!」


 木にもたれ掛かっていたのが、耐えられずに横たわったような姿勢の少年がそこにいた。全身に深い傷が確認でき、その小さな体ではおよそ致死量と思われるだけの血だまりができていた。


「うわ、ひどい傷だ。ん? この角……。こやつ、魔物か」


 血だらけの少年の頭部には小さな角が生えていた。


「ユキナ、近づいちゃダメだ」

「なんで!? こんなに痛そうなんだよ!」


 少年の身体は微かに震えており、まだ息があることは分かった。だからこそ村長は危険だと判断した。


「こいつは魔物だ。弱っているように見えても、儂らを簡単に殺すだけの力がある。危険な存在なんだ」


「ち、ちがうもん! この子、鳥の魔物におそわれそうになった私を助けてくれたんだよ? ぜったいに良い子だもん!!」


 村長の制止を振り切り、ユキナは魔物の少年に寄り添った。


 森で木の実を集めていた少女は、普段この森にいないはずの魔物に襲われた。それをこの少年が助けたようだ。


「……お前を助けるために、彼は怪我をしたのか?」


「ううん。この子ね、はじめからケガしてた」


 しばらく考え、村長は静かに魔物の少年を抱き上げた。


「おじじ?」


「お前を守ってくれたというなら、意志の疎通ができる魔物なのかもしれん。助けられるか分からんが、出来ることは手を尽くそう」


 村長は少女の言葉を信じることにした。



 ──***──


 それから数年後。


 血だらけで倒れていた少年は怪我を完治させ、今は村の守り神として魔物から人々を守護している。少年は危険度Aランクのオーガ。準最強魔物の子どもだったのだ。そしてまだ子どもといっても、この地方で発生する危険度D~Fランクの魔物など敵ではない。


 数年前に彼が瀕死の重傷を負っていたのは、危険度Cランクのウォーウルフの群れに喧嘩を売って返り討ちにされたから。それは己の力を過信した、若さゆえの過ちだった。


「小鬼様ー! お食事ができていますよ」

「ユキナか。承知した」


 村から少し離れた場所にある見晴らしの良い丘から周囲の様子を監視していた少年をユキナが呼びに来た。


「今日は小鬼様がお好きな山魚ですよ」


「お、それは良いな。ところでいつも言っているが、小鬼と呼ばれるのは……」


 世間一般に小鬼とはゴブリンのことを言う。オーガとは比べ物にならないほど弱い魔物だ。しかしこの地方には大昔からゴブリンが生息していなかった。そのため村の住人たちは少年のことを、オーガの子どもということで『小鬼様』と呼び始めた。


「なにかダメなのですか?」


「うむぅ。まぁ、ユキナが呼びやすいならそれで良い」


 オーガの少年を助けた少女は、そのまま彼の世話係となった。それは少年が村を魔物の襲来から守護する守り神となった今も変わっていない。


「ユキナ、俺は腹が減った。早く村に戻りたいから、《《いつもの》》してやろうか?」


「良いのですか!?」


 そう言いながら眩しい笑顔を見せ、少女は少年の背に乗った。


「準備できました!」

「うむ。しっかりつかまっておけ」

「はい!!」


 ユキナの手が少年の首に回される。彼女に抱き着かれ、オーガの少年は満更でもない表情をしていた。そのことを背に乗るユキナは知る由もない。


「では、ゆくぞ!」


 オーガの少年が力を込めて地を踏む。彼はユキナを背に乗せたまま、風より早く駆け出した。ちなみにヒトの少女が耐えられる程度に速度を制限している。


「あははははっ。速い、はやーい!」

「しゃべるな、舌を噛む」

「むー!」


 少年に注意され、少女は口を閉じて返事をする。

 それから僅かな時間で彼らは村へ到達した。


 村に帰ってきた彼らを村人が迎える。


「小鬼様。おかえりなさい」

「またユキナは背に乗せてもらったのね」

「えへへー。すっごくはやかった」

「今日は山魚だと聞いたぞ! 本当か!?」

「はい、たくさんご用意していますよ」


 魔物の少年はこの村の住人たちに受け入れられていた。


 オーガはヒトの言葉を話せる魔物であり、友好的な個体は少年のように守り神としてヒトに崇められることも多い。そうして村の住人とオーガの少年は互いに良い関係を構築し、幸せに暮らしていた。



 ──***──


 薄暗く曇ったある日のこと。


「……ん?」


 遠くから地鳴りが聞こえた。人族には到底聞こえない音だが、オーガの少年にはその異様な音が聞き取れたのだ。


「な、なんだこの数は!?」


 彼が驚愕したのは、こちらに向かってきていると思われる魔物の数。


 これまでも何度か村に近づいてきた魔物の群れを倒したことはあるが、今回は過去のそれとは規模が違った。


「ユキナ! 居るか!?」

「はーい、どうされました?」


 少年が村の物見やぐらから声を出すと、近くの建物で編み物をしていたユキナが顔を見せた。


「大量の魔物が来る! 今すぐ村長に伝えろ!!」

「まものが──わ、わかりました!」


 オーガの少年はいつも余裕そうに村の外へ出ていき、無傷で魔物を倒して帰ってくる。そんな彼の鬼気迫る声を聞いたのはこれが初めてだった。


 魔物の群れの暴走、スタンピードがこの村に迫っていた。


 この頃、魔王として君臨していたベレトという悪魔が恐怖を広めるべく、世界中に魔物の大群を放っていたのだ。そのうちひとつの進路にこの村があった。


「避難は……、無理だな」


 スタンピードが迫る速度と、村の老人たちが逃げ出すのにかかる時間を考えると絶対に間に合わないことが分かった。


「小鬼様! 村長に言ってきました」


 村長に伝令した少女が帰ってきた。


「ユキナ。走れる者だけ連れて、少しでも遠くに逃げろ。西だ、西側へ行け。俺が絶対にそっちに魔物を通さないから」


「たまに来る魔物の群れとは、違うのですか?」


「そうみたいだ。恐らく俺でも苦戦する魔物が数体いる。そいつらを相手しながらだと、みんなを守れない」


 オーガの少年の表情が曇る。今回は村の全員を守ることができないと理解してしまったからだ。


「では、此度は儂らも戦おうか」

「村長!? そ、その装備は?」


 戦装束を身に纏った村長や老人たちが現れた。


「小鬼様にお守りいただく前は、こうして儂らも魔物と戦っておったのです」


「我らの村は、自分たちで守ります」


「ですから小鬼様。ユキナや走れる若い者たちを連れてここを離れてください」


「どうか、ユキナたちをよろしく頼みます」


 老人たちは若者を逃がすため、魔物と戦い少しでも時間を稼ぐつもりだった。オーガの少年でも苦戦する魔物相手に、老人たちが無事でいられるわけがない。


「村長! みんな!! ダメだよ、みんなで逃げようよ!!」


「そうだ。俺が時間を稼ぐから──っ!? ユキナ!!」


 少年がユキナに飛びついた。刹那、彼女が元居た場所を鋭い鍵爪が通過していった。スタンピードの魔物の中で移動が早い鳥型の魔物たちがここまで到達し、ユキナを狙って攻撃してきたのだ。


「大丈夫か?」

「わ、私に怪我はないです」


 少女の無事を確認し、オーガの少年は胸をなでおろす。彼女にもしものことがあれば……。そんな最悪の未来が一瞬、彼の脳裏を過る。


 彼女だけは助けたい。

 そのためなら、他の者を見殺しにしてでも。


「小鬼様。行ってください」

「せめてユキナだけでも」

「どうかふたりで、お幸せに」


 まるで少年の思考を悟ったかのように村長たちが声をかける。


 しかしそれは逆効果だった。魔物である自分にこれほど良くしてくれた村の人々を少年は裏切れなかったのだ。


「……ごめん、ユキナ。俺の判断は間違ってるかもしれない。だけど俺、全力でやるから。絶対にユキナを、みんなを守る!」


 絶望が近づいていた。

 


 ここで、最初に違和感を持ったのは少年だった。


「魔物の数が……、減ってる?」


 村に向かってきているスタンピードの規模が小さくなっているように感じたのだ。


「おい、鳥の魔物どこいった?」

「さ、さぁ?」


 村長たちは空から飛来する魔物に警戒していたが、いつの間にかその姿が見えなくなっていた。


 ユキナを狙った魔物が飛び去って以来、次の攻撃が来なかったのも気になる。


 戦闘態勢をとりつつ警戒するオーガの少年と村人たち。そんな彼らの前に──


「いやぁ、なんとか間に合ったー!」


 魔物がやってくると思われた森から現れたのは、漆黒の刀を携えた黒髪の青年だった。


「あ、あんたは?」



「初めまして。俺、遥人はるとって言います。一応、勇者です」


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