最強クラン決定戦 本戦(1/10)
グレンデールの南西にあるクレリア平原。ほんのひと月前までは冒険者すら近寄らない不毛の大地だったその場所に、巨大な闘技場ができていた。
闘技台のサイズはグレンデールの王城が外壁も含めてすっぽりそのまま入るほど大きい。そしてその闘技台の北東、北西、南東、南西の方角にそれぞれ数万人を収容できる雛壇状の観客席が建設されていた。東西南北にはこれまた巨大な通路が設けられており、ドラゴンなどの大型魔物が入ってこられるようになっている。
『ご来場の皆様。クレリア大闘技場へ、ようこそお越しくださいました』
この会場に集まった10万の観客に向けたアナウンスが流れる。魔法で増強されてクレリア平原全体に響き渡る声は世界的にも有名な戦闘実況者のもの。
『私、記念すべき第100回となる最強クラン決定戦の実況を務めさせていただくリバス=ハシントと申します。以後お見知りおきを』
四年に一度開催される最強クラン決定戦。今年は400年続く大会の節目となる第100回大会だった。
『ちなみに皆様。本日はどのようにここまでお越しくださいましたか? 実はここクレリア平原は地上の孤島と呼ばれていました。交通の便が非常に悪く、強力な魔物が住まう洞窟に入る冒険者たちですら立ち寄らない土地。そんな土地にこうして10万もの方々にお集まりいただくことができました。これらは全てこの──』
闘技台の中心に魔法陣が現れる。
観客たちが見守るなか、その魔法陣の中心が黒く染まっていった。
『《《ポータル》》のおかげですよね』
それはハルトの転移魔法陣だった。彼は転移魔法陣を特定の地に設置し、魔法陣を通ることで誰でも長距離移動ができるようにしてしまったのだ。
『グレンデールの王都や主要都市、各港からこの地まで一瞬で移動できてしまう魔法。そんな異次元の魔法を、我々はほとんど対価を払うことなく使わせていただくことができました。このポータルですが、なんとあの世界最高商社であるH&T商会が提供、維持をしているのです』
H&T商会に属する者が通行者の案内などはするのだが、実のところポータルはハルトひとりの魔力で維持されている。
各地のポータルにはアカリがクリエイトアームズで創り出した無限に魔力を蓄えられる魔具が設置されていて、そこにハルトが魔力を補充した。だがそれをハルトのことを知らない一般人が聞くと不安になってしまう。
商品の質、物流の安定性、庶民にも優しい価格設定。世界的に信頼されているH&T商会がやっていることだからと、人々は安心して未知の魔法陣に飛び込むことができるのだ。
『ポータル利用の条件はH&Tカードを作る、たったそれだけです。ここにお集まりの皆様は当然お持ちですよね。ちなみに私はずっと前から持っていましたよ。だってスピナを持ち歩かなくていいなんて便利すぎますから』
ハルトとルナがステータスボードを解析して生み出したH&Tカードは、お金の情報を記録できる。そして各ギルドやH&T商会の店舗で現金同様に使うことが可能。
冒険者や生産系ギルド、商人ギルドに属する者たちのH&Tカード所有率はほとんど100%に近い状態だったが、一般人の中にはまだ持っていない者もいた。そうした人々にもカードを浸透させ、H&T商会の更なる発展を目的としてポータルの使用条件にしたのだ。
『さて、この会場にお越しの方はもうお気づきかと思います。今年の大会はいつもと様子が違う──と。記念すべき100回目の大会だから? それもあるでしょう。H&T商会が全面バックアップしているから? 確かに、そうでなければ誰もここまで大きな会場もポータルも準備できません。でも私が言いたいのはそうじゃない。今年が例年と違うのは……。そう、大会の内容です』
闘技台の中央に風が渦巻く。
その風の中心に、ひとりの男が現れた。
シルフの風魔法で観客の視界を遮り、その隙にハルトがリバスを闘技台の上に送り込んだのだ。闘技台の真ん中に立つリバスはとても小さく見えた。この演出に会場は少し盛り上がった。
『皆様、見えていますか? 私はここです。そこまで小柄な方ではないのですが、ここに立つと皆様からはとても小さく見えていることでしょう。それはこの闘技台が大きすぎるから。ここまで巨大な闘技台が用意されたことは、400年続く最強クラン決定戦の歴史の中で一度もありませんでした』
リバスは両手を広げて闘技台の上を歩きながら来場者たちに声を届ける。
『こんなに巨大な闘技台で何をするのか、気になりますよね。毎年最強クラン決定戦の内容は変わりますが、今年の内容は《《全員参加型直接対決系》》であるということは現時点でお伝えしておきましょう』
全員参加型の直接対決系以外には特定の魔物を倒すタイムを競うものや、各クラン代表者1名による戦闘というものがある。基本的なのは予選であったような10対10の勝ち抜き戦であり、全員参加型というのは少し珍しかった。
『クランの規模が大きいほど有利になる全員参加型は少し珍しいルールです。まぁ、この本戦に進むレベルのクランは数十人のメンバーを抱えているでしょうから、その戦闘も見ごたえはありそうです。でもちょっと待ってください。今大会は闘技台が非常に大きく、その全貌を見渡せるように観客の皆様との距離が遠い。つまりここで集団戦闘をしたとしても、皆様にはそれぞれの戦いが良く見えないでしょう』
それではつまらない! リバスの力強い声が響いた。
『竜を連れてきて倒す様子を見るのか? 違います。竜は巨大ですが、それに立ち向かう冒険者たちの姿がやはり見えない。ということはやはり、《《彼らにも大きくなってもらわなければいけません》》』
その時、ズシンと地面が揺れた。
会場がどよめく。
人々の不安を鎮めるようにリバスは言葉を続ける。
『上位の冒険者たちは日々、竜やキングベアと言った我々では想像もつかないような巨大な魔物と戦っています。彼らの中には魔物に敗北し、仲間を失ってしまう方もいます。その時冒険者たちは、こう思うのだそうです。もっと自分に力があれば。巨大な敵と戦えるほど、自分たちにも巨大な戦力があれば──と』
揺れと音が大きくなる。
何かが近づいてきていた。
ハルトの土魔法で地盤を補強し、H&T商会が手配した優秀な大工たちが建設した観客席が崩壊するようなことはない。観客たちの中には恐怖で悲鳴を上げる者もいたが、逃げ出すヒトはいなかった。彼らはこれから起こることが気になっていた。リバスの巧みな話術で、この先どうなるのかと期待を持たされていたのだ。
『刮目せよ』
巨大な石の塊が南の通路から入ってきた。
石塊には手足があった。
四本の足でその巨体を支え、歩いている。
『始まるぞ。誰も見たこともない、最強たちの戦いが』
五階建ての建物相当の高さになっている観客席の最上段。その真横を巨大な石塊の頭が通過した。そこにいた観客たちはあまりの衝撃に息をのむ。
闘技台に向かう石塊をよく見ると窓や扉があった。
建物に手足が生え、動いていたのだ。
闘技台の中央にたどり着いた石造りの建物。
それは、とあるクランのクランハウス。
自力でこの場まで歩いてきたクランハウスの前に立つリバスが、この日一番の大声をあげる。
『第100回 最強クラン決定戦の内容は──
クランハウス殴り合い大戦だぁぁぁぁぁぁああああ!!』