最強クラン決定戦 予選(11/22)
キキョウが帰ってきた。
「お疲れ、キキョウさん」
「ハルト様は呼び捨てで良いのですよ」
神様にキレていた面影など微塵もなく、いつもの甘えるような声でキキョウがそう言ってくれる。
「エルノール家の者はみんな、妾の家族です。呼び方で怒るようなことはありません」
ま、うちでキキョウを呼び捨てで呼ぶのは俺だけなんだけど。
「キキョウさん、お疲れ様です」
「「お疲れ様でした」」
「お疲れーなの」
「神相手に、凄かったにゃ」
「皆さん、ありがとうございます」
キキョウのおかげで戦績が一勝一敗になった。みんなが彼女を囲んで労っている。しばらくするとキキョウが囲みを抜け、俺の所にやって来た。
「ハルト様。妾、頑張りました」
「うん、分かってる」
負けちゃったシルフには悪いけど、ちゃんと勝ってくれたキキョウには彼女が望むモノをあげよう。普段俺は彼女の思考を読心術で読めないんだけど、今のキキョウは欲望が駄々洩れで何を考えてるか手に取るように分かる。
「帰ったらご褒美ね」
「──!!」
俺が言った『帰ったら』という言葉で意図を理解したらしい。シルフにはさっき、この場所で労いの言葉をかけながら頭を撫でてあげるっていう参加賞をあげた。一方で対戦に勝ったキキョウの望みはベッドの上での行為だったから、屋敷に帰ってからしてあげないと。
「ありがとうございます。楽しみにさせていただきますね」
普通のヒトには視認できない九本の尻尾がわさわさと動いてる。澄ました表情をしているが、ウキウキしてるのが丸わかりだった。彼女はこのギャップが可愛いんだよな。俺も今夜が楽しみです。
──***──
「次は俺が行っていい?」
「うん。頼んだ、リューシン」
こちらの三番手はリューシンになった。黒竜に戻れる最強クラスのドラゴノイド。世間一般的なクランが対戦相手で対戦方法が勝ち抜き戦だったら、彼ひとりで勝ってしまえるほどの実力者。
なのだが、今回は相手もヤバい。
誰が出てくるのかな?
竜神様が出てくることはないとしても、まだあちらには祖龍様が残ってる。エルフの王国を建国したダイロンも竜を倒せるくらいの実力がありそうだ。
それから──
「ハルトたちの次の選手はドラゴノイドか……。なら、俺が行きます」
「お願いしますね。カイン」
俺の兄弟も大概ヤバいと思うのだが、その中で一番強いのが出てきた。
「なぁ。あれって、お前の兄貴だろ?」
「そうだよ」
「手加減とか要らないよな」
「うん。全力でやって良い」
俺の兄であるカインは、転生者を除けば人族で最強だ。リューシンが黒竜に戻っても厳しいと思う。というよりカインは対人より対魔物の方が強いから、黒竜に戻らない方が良いかも。
「リューシン。死ぬ気で勝ってきなさい」
「お、おう!」
リュカが檄を飛ばしてリューシンを送り出した。蘇生魔法が使える彼女が言うと、少し言葉の重みが違う気がする。『死ぬ気で勝て』じゃなく『死んでも大丈夫だから絶対勝て』って聞こえる。
リューシンが闘技台に上がっていく。ちょうどその頃、相手陣営の方で俺の母が何やら魔力を練り始めていた。
「……何してるんだろ?」
「凄い魔力ですね」
ティナと様子を観察していると母は空間を切り裂き、そこから大剣を取り出した。
「あ、あれは!?」
「えっ、マジ?」
魔導書で見たことのあるその禍々しい大剣の名は『ドラゴンキラー』という。その名の通り、竜に対して攻撃力が超絶強化されるという魔剣だ。
「おい! アレ、ありなの!?」
ドラゴンキラーを装備したカインを指さしながらリューシンが叫んでいる。
残念ながら、ありなんだ。
じゃあこちらもリューシンに装備を渡せばいいじゃないかとなるが、それはできない。なぜなら彼はもうすでに闘技台の上に乗ってしまっているから。闘技台の上に乗ったら、追加の武器や補助魔法を使えないってのが今回の対戦のルールらしい。対戦が始まる前に審判のヨハンさんがそう言っていた。たぶんリューシンは聞いてなかったんだな。
「ちょっとだけズルさせてもらうよ。こちらは貧弱な種族なもんでね」
ドラゴンキラーを携え、闘技台の上でリューシンと対峙した人族最強がそう言い放つ。
ズルのレベルが違う。けどルールを把握せずにさっさと闘技台に上ってしまったうちの選手にも非があるので文句は言えないな。頑張ってもらうしかない。
「リューシン! 今こそ竜人という種を超える時です!! 竜人族でなくなれば、ドラゴンキラーはただの硬くて重い剣よ」
無茶苦茶なことをリュカが言い始めた。
「はっ! そ、そうか!! そうだな!!」
何かを理解した様子のリューシン。
マジで何が『そう』なのか分からない。
そもそも種族を変えるとか絶対に不可能なはずで──
「はぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」
突然、リューシンが叫び出した。
彼から膨大な魔力が溢れ出し、地面が揺れる。
リューシンの身体を無数の電撃が走った。
ヨハンさんはまだ対戦開始の合図を出していない。だからカインは何もせず、リューシンの様子を静観している。彼もこの場でリューシンが種族を変えられるなどとは思っていないようだ。
「はぁぁぁぁあああ、うぎ、ぎぎぎいいぃぃい」
絶対無理──誰もがそう思っていた。
でも単純な男だけは、何故かできると信じていたようだ。
そもそも俺は。いや、俺だけじゃなく、この場にいたほとんどの者が忘れていた。この世界には竜より上の存在がいるということを。そして『彼』は数年に渡る俺たちとの特訓の結果、種族としての能力をカンストさせた。種を進化させる権利を手に入れていたんだ。
「あ゛あ゛あぁぁぁぁあああああ──だりゃぁああ!!!」
リューシンを中心に小規模な爆発が起きた。
その爆炎が晴れたとき──
闘技台の上には、側頭部に二本づつ、計四本の立派な角を生やしたリューシンがいた。顔に無数のラインが入っていて、ちょっとカッコいい。
えっ、待って。
マジで進化できちゃった感じ?
「待たせたな。ドラゴノイド改め、龍人のリューシンだ」
「りゅ、龍人……だと?」
カインも超直感でリューシンが本当に進化したことを把握したようだ。
「あぁ、そうだ。今の俺は、さっきまでとは段違いに強いぜ?」
「でも、お前……」
「あ゛? なんだよ」
「龍もドラゴンだぞ」
「えっ?」
龍人に進化したリューシンの対戦相手は、ドラゴンキラーを手にしたカインだった。